こんにちは 今月は雨も多く外出も限られて、ここ一カ月で
二回も映画館に行くというインドアな秋を過ごしています。
今回は、ふるさとの風景を当たり前に見られる事の背景をコラムにします。
『当たり前の桜を守る人たち』
春になると、ふるさとの一目千本桜が美しく咲く。
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毎年みられる桜だから、私はどこかで
「桜は来年も当然のように咲くもの」と思っていた。
ところが、地方の新聞を読んで、その考え方が少し変わった。
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一目千本桜では、樹齢100年を超える老木もあり、
桜の老木化が深刻になっているという。
しかも、河川法の制約によって、場所によっては簡単には
新しい木へ植え替えることもできない。
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それでも、町や地元の人たちは桜を守ることを諦めてはいない。
剪定をおこなったり、桜の再生につながる
「桜萌芽システム」(根もとに切り込みを入れて新しい桜の枝を発芽促進)を提案しながら、
どうすれば今ある桜を少しでも長く生かせるのか、試行錯誤を続けている。
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私はこのことを新聞で初めて知った。
桜祭りになると、多くの人が美しい花を見に訪れる。
しかし、その華やかな景色の裏側では、
地域の人たちが長い時間をかけて桜を守っている。
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考えてみれば、私たちの身の回りには、
こうした「当たり前」がたくさんある。
毎年咲く桜、使える道路、地域のお祭り、残される自然。
どれも、何をしなくても未来に残っていくわけではない。
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長く生きてきた桜には、その土地の歴史も刻まれている。
だからこそ、古いから切って新しくするだけではなく、
できる限り生かしながら次の世代へつないでいこうとする人たちの努力には、
頭が下がる。
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来年、桜が咲いた時には、ただ「きれいだな」と眺めるだけではなく、
その景色を守っている人たちのことも少し思い浮かべたい。
美しい風景は、自然だけが作るものではない。
そこに暮らす人たちの、見えない努力によって守られているのである。
おしまい 最後までお読みいただきありがとうございました。
「桜を見る目が少し変わった」と思えました。
