言葉の嘔吐の中で

30代に入って、それまでの病が酷くなり、身体が食べ物を受け付けなくなってしまいました。
下痢と嘔吐と偏頭痛を繰り返し、布団から出られなくなってしまい、それと同調するかのようして、精神的にも、嘔吐が始まり記憶の中にある言葉を吐き出さなければ、精神が崩壊してしまうかの様に、なってしまいました。

「言葉を食べて生きている」という言葉があるのは知っていましたが、「言葉を嘔吐して生きる」という言葉があるのかどうかは,今も分かりません。

肉体が食べ物を吸収し、栄養として身体を作る様に。
言葉を 咀嚼、 吸収して、意識を作って行くのを、本一冊読めず、人との会話も半年以上していないことで、あらためて言葉が心の栄養になっていることを、身を持って知りました。
いざ自分の身に起こったときには、激しい動揺と、気が狂わんばかりの恐怖に苛まれました。

とにかく、今ある言葉の羅列を書き出さなければ、おかしくなってしまう、
しかし溢れる言葉の羅列は、ほとんど意味をなしていませんでした。
後から読み返そうなどとは、まったく思わず、とにかく、頭の中に浮かぶ言葉を、書きなぐって、言葉の嘔吐を少しでも抑えようとするのが、その時に出来る方法でした。
幼稚園から始まって、いままでの精神の遍歴を、思い出す限り、書きなぐっていく、それが自分にできる最低限の方法でした。

その中で思ったことは、自分の中には、ある種の深い「罪の意識」があり、心の奥底に、通奏低音のように流れていることでした。それが何かは、わからない、意識の表面に登って来ないもどかしさは、自分を益々苛立たせます。

次に起こったのは、精神と肉体の分裂でした。肉体は食べろと命令し、精神は吐き出せと、命令ずる。体重は、70kg代から50kg代へと激減しました。

トイレに行くのさえ、這って行くような状態でした。かろうじて、一日500mlの水が、唯一の口にするものでした。最後の頃には水さえ受け付けなくなってしまいました。
このまま消えてしまいたい。という気持ちと、まだ生き続けろ。という肉体の本能が、葛藤をおこしていました。
精神の不安と恐怖の中でかろうじて自分を保っているのがやっとでした。

この状態が2週間位続いたのですが、自分には永遠に続くような気持ちに陥っていました。

不思議な話ですが、このような状態になっても、自分が病気だとは、思わなかったことです。自分は病気ではない、ほんのちょっと身体がおかしくなっているだけだと、無理にでも思うようになっていました。その気持ちが益々病状を悪化させてしまうことも知らずに。

医者に行くことになったのは、それから10数年後のことでした。

精神の意思と肉体の本能の対立は、最終的には、まだ若かったからかもしれませんが、肉体の本能が勝っていました。

少しずつ日常のことを考える様になり、電気代、ガス代、水道代、アパートの部屋代を払わなくてはならないと思い、歩き始めましたが、銀行まで行くのに、4度も座り込まなければ、なりませんでした。

少しずつ、少しずつ以前の様に、と言っても、病が治ったったわけでは無く、少し症状が軽くなった程度の事ですが、そこを目指して歩きはじめました。

精神の病は、脳内物質に関係があることは、文字の上では分かっていても、心はそれを激しく否定していました。自分はそうではない。違うと。

しかし、年齢と共に、若さのエネルギーは摩耗していきます。

精神の意思が、若さのエネルギーを上回った時に、このままでは、巳ずからを消すことになってしまうだろうと、そう言う思いが湧き上がって来ました。
その頃に、 矛盾しているようですが、 初めて精神科を受診しました。

あまりにも永い間こじらせた病は、精神に固着しているようでした。ある友人に言われたことは、「病はある程度は寛解するだろうが、完治は難しいかもしれない」でした。
医師は現状の苦しみを和らげてくれる薬は出してくれますが、心の奥底に澱のように溜まった、歪な言葉の羅列は、自分で引き上げ、自分で目の前に曝け出さなければならないようです。

書きなぐった十数冊のノートは、最終的には、破り捨ててしまいました。

通奏低音は、今だに心の奥底で鳴り続けています。




心苦しい文章を最後まで読んでくださってありがとうございます      
                               しっぽな

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しっぽな

しっぽな

身体はだいぶカラカラに乾いたたおじさんです。病との戦闘は数十年と永く、今は五分五分というよりは三対七で押され気味です。趣味は、散歩、卓球、自転車。映画観賞。散歩以外はほとんどご無沙汰で、体調次第です。このコラムも度々にしか更新できないと思いますが(読んで下さる方がいらっしゃればの話ですが)、ご容赦を。不眠が続いているので、ゆっくり眠りたいです。

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