前作「三月は深き紅の淵を」は未読。Xで良いレビューを読んだことをきっかけに図書館で借りて読んでみた。
内容としてはクローズドサークル×ループもの。学園ものだが人も割と死ぬ本格派。ループの中で主人公・理瀬が失っていく記憶を取り戻していくところはぞくり、とする。理瀬は記憶喪失により一時期の記憶が欠落しているという設定だが、その記憶の欠落により自分がそのとき何をしたか?と段々恐ろしくなっていく描写がたまらなく良い。そう、主人公の心理描写が巧なのだ。閉鎖的な空間で追い詰められていく理瀬の心理描写、本当にたまらない。(ちなみに理瀬はそこまで深い説明を受けず、祖母にこの全寮制の学園に入れられたという!)
しかしそれも理瀬が過ごした時間としては一つのもので、理瀬は一度「死んでいた」…別の世界を過ごしていたようなのだ。だからこそ理瀬は解放され、最後には幸せそうなのだ。まるで別人のように(物語の入れ子構造を考えるに、本当に別人かもしれないが…)
この点は恩田氏の別作品である「ユージニア」とはかなり読後感が違う。こっちの方がよほど救いがあるわけだ。恩田氏はおそらくミステリ小説も描かれるとは思うのだけど(自分の初恩田陸が「ロミオとロミオは永遠に」なのでそういう印象はあまりないが)やはり長年書かれている方は引き出しが多いなとも思う。
入れ子というのは、「三月は深き紅の淵を」 が劇中劇として扱われているということ。となるともしかすると、本作もメタ的な世界として扱われているかもしれない…ということだ。
(冬休み中だったため)数日後、「三月は深き紅の淵を」 を読み答え合わせ(?)をした。こちらの作品でも「三月は深き~」というタイトルの作品が劇中劇になっており、最後に理瀬というキャラクターが登場するということで、世界観を共有するものであるようだ。
「三月は深き紅の淵を」 では、この劇中劇が別の扱われ方をしていることが興味深い。こっちでは劇中劇「三月は深き紅の淵を」が舞台装置以上の意味を持っているという印象を受けた。(「麦の海に沈む果実」のほうでは、もう少し主張が大人しいと思える)
「三月は深き紅の淵を」 の理瀬は「麦の海に沈む果実」 の彼女と同人人物だろうか?と思ったが、スターシステム的な別人なんだろうか?
「三月は深き~」も、「麦の海~」に負けない不気味さがある。劇中劇の作者の顛末…特にいつの間にか共著という名目で本を出されていた姉妹の話が怖かった。
