虫嫌いがムカデ飼いになるまでの10年くらいのこと

私の記事を読んでくださっている方は私のことを、「さぞや小さなころから虫がお好きだったのでしょうね」と思っておられることだろう。残念ながら大間違いである。私は20代後半までずーーーーーっと虫嫌いだった。小学生のころの記憶がだいぶ乏しい私でも、虫をつかんだ同級生に追いかけられた恐怖は覚えている。友達がトンボで残酷な遊びをしていたことも。「シートン動物記」は好きだったけど「ファーブル昆虫記」は存在すらも怖かった。

なんなら「虫」という漢字すら怖い。虫が嫌いなので自然を避けて生きてきた。でも、どんなにコンクリートに囲まれて生きていこうとしても、突然、平穏な日常に虫が横入りしてくる事故は避けられない。どうして今なんだ。どうして私なんだ。私を苦しませようとする大いなる力が働いているとしか思えない。というか、私を恐怖に陥れるために虫は存在しているのではないか。世界に私はいじめられている!世界は私を排除しようとしている!たった1匹の虫のために、そこまで追い詰められるのがかつての私だった。

虫嫌いのために非常に大変に難儀したことがある。当時勤めていた会社の社宅に1人で住んでいたころの話だ。ある日、ふとシンク下の物入れの扉を開けたら、なんかでかい虫がいたのだ。あまりのショックのために、どんな虫であったのか記憶がない。ギャーッと叫びながら即、扉を閉めた私は、密室になんかでかい虫と同居していることにとんでもなく怯えた。まばたきをするのも怖い。まぶたを閉じた刹那、虫が迫っていたらどうする。まったく身動きがとれなくなった。何がきっかけで虫を刺激し、虫が飛び出してくるかわからないではないか。動けないしまばたきもできない。ぼっちだから今、助けを求められる相手もいない。あっ。ダメだこれ。終わった。と思った。

その日の夜から数日、私はネットカフェに泊まり、ネットカフェから通勤した。だが、いつまでもこんなことは続けていられない、と思っていたころ、私はいいことを思いついた。たまたま同じ県で働いている弟、それも、仕事で害虫駆除を担っている彼に家を点検してもらい、もし虫を発見したらばお外に逃がしてもらうことにしたのだ。で、私の家に来た弟は、部屋をくまなく捜索してくれて、「なんもいないよ」という結論を得た。そうして私は安寧を取り戻し、社宅での暮らしに戻ることができたのだが、それまでの精神の追い詰められぶりは本当に厳しいものだった。虫が存在するこの世界で、生きていけない。虫を相手にこんなにビビっている私は、情けなくて生きていけない。どん底だった。

それから数年後、虫嫌いを克服したいと決意するきっかけとなる出来事が起こった。ツレと結婚し、新居を探していた私は、ある2つの物件で迷っていた。片方は、家賃がとっても安い。けど、1階の部屋である。もう片方は、家賃は高め。けど、3階の部屋である。家賃の差は数万に及ぶほどであった。家賃より好きなことにお金を使いたい私は、当然家賃の安い物件を選びたかった。が、1階の部屋であることがたいそう私を悩ませた。そう、もちろん、虫である。1階ほど虫の侵入の脅威に晒される階はないはずだ。3階の物件ならば、それほどでもなかろうが。私は悩みに悩んだ。それで、結局のところ、3階の物件を選ぶことにしたのである。

私は、それが本当にくやしかった。虫が怖くなければ、家賃がゴソッと浮いたのに、私が虫を嫌いなばっかりに、家賃の高い物件を選ばされてしまった。私の人生、こんなことばっかりだ。虫が苦手なことで得なんかすることないのだ。ひたすら損だ。虫がいるだけでQOLが著しく低下する。山都は激怒した。必ず、こんなに損ばかり押し付けてくる虫嫌いの心を除かなければならぬと決意した。

私はまず、小さな昆虫図鑑を購入してながめることから始めた。こんなことでも、意外と免疫はついてくる。虫たちは紙面に封印されて私を怖がらせることもない。それは動画にうつる虫も同じである。今度は動画サイトで虫の動画をながめることにした。初めて見たのはハエトリグモの動画だった。ふわふわして小さくてかわいらしいクモを見ていると、「クモはかわいい」という概念が私の心に生まれる。虫の魅力になにかひとつ気づくこと、それが増えていくたび、「虫は怖い」という強固な思いをほぐしていくようだった。

それから、アシダカグモや、タガメ、ゲンゴロウなど、「いいじゃん」と思える虫が少しずつ増えていった。そのあたりのプロセスはもう全然覚えていないのだが、私はいつの間にか、なぜか、「ムカデはかっこよくてかわいい」の境地に辿り着いていた。

そのころには、当時存在していた奇蟲カフェを訪れ、はじめて実際にムカデを目の当たりにした。虫がついに、紙面や画面の封印を解かれた瞬間である。もしかしたら、目の前で生きているムカデは、怖いかもしれない。気持ち悪いかもしれない。ドキドキしていた。でも、大丈夫だった。本物のムカデのほうが、1000%かっこよくて、かわいかった。そのときから本気の「いつか飼いたいなあ」という気持ちが芽生えた。

虫を見る分には平気でも、触ったり捕まえたりできるようになるまでは、それもそれなりに時間がかかった。私はまず基本的にビビりなので、目の前の虫の突然の動き出しに対する耐性がなかった。急に飛んだりしないでほしい。「自分、予定あるんで。飛びますね。では」くらい言ってくれてもいいのに。でも、ツレにアドバイスをもらいながら、そのへんの虫を捕まえてみているうちに、虫に触れること自体への苦手意識はなくなった。ただ、少しは自然に捕まえられるようになるのは、私がムカデを飼い始めて餌虫を追いかけ回すようになってからの話だ。

私がなんかでかい虫に怯えて家出したあのころから、10年くらいの月日が流れた。今はもう、家に虫が出ても、慌てず騒がずスマートに戸外へご案内できる。なんなら、一回Googleレンズで何の虫か調べる余裕すらある。そして、念願の初ムカデを迎えてから、だんだん虫が増えてきた。そろそろ壁一面飼育ケージになりそうだ。ざっくりした内訳は、ムカデ、ダンゴムシ、ゴキブリ、ヒルである。虫といっても昆虫はゴキブリだけである。なんと私は、ムカデの餌として飼っているうちにゴキブリの魅力に取り憑かれてしまったのである。別に逆張りでイロモノばかり集めているわけでは決してない。たまたま足が多かったり、忌避されてたりするものばかり好きになってしまうだけで、いわゆる「キモかわ」的な目で見ているわけでもない。普通にかわいくて、普通にかっこいい。今後はヤスデやオオゲジ、ナメクジなどの飼育にもチャレンジしたいと思っているが、本当に逆張りでカブトムシ・クワガタを避けて通っているわけではないと改めて念を押したい。

さて、ここまで虫嫌いだった私が虫好きの虫飼いに完全変態を遂げた話をしてきた。奇跡だと思うだろうか。不思議な話もあるものだと思うだろうか。でも、「虫を好きになりたい」という思いが強く、持続的にあり、虫を避けないように、むしろ虫に近づいていこうとしたこと、虫の魅力をひとつでも多く知っていったこと、その積み重ねが私を変えたという意味では、私の情熱と努力の勝利といえないだろうか。虫とは距離を取らせていただく人生を選んだっていいと思う。誰もがこんなふうに虫を好きになれるわけでもないと思う。でも、もしこんな話が奇跡だと思うのなら、その奇跡はきっと何度でも起こせる。

  • 0
  • 0
  • 0

山都ウミ

とってもひよわです。札幌出身、仙台在住。いまとなっては仙台大好き。サッカーと相撲と虫も大好き。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内