
私はあれこれの生き物を飼育しているが、その中で唯一飼っている昆虫がいる。昆虫、それは、あなたが「虫」と聞いて想像する6本脚の生き物、それである。それより脚が多かったり少なかったりするのは昆虫とはよばない。そして我が家にいるものたちは多かったり無かったりする側である。
私は基本的に昆虫は好きだが、積極的に飼育したい対象ではないのだが、「やむを得ず」飼育しなければならない事情があったため、しかたなく飼い始めたのだ。ところが、初めてショップで出会ったとき…いや、これはちょっと…かわいいかもしれない、と思った。一般的なイメージよりもまるっこくて、ダンゴムシっぽい。
前に「やむを得ず」飼育していたコオロギは、見た目からして苦手なもので、鳴き声で寝れないし、すぐ共食いするし、匂いもちょっと気になるので、結構大変だったのだ。その代わりとして、別の昆虫を飼い始めることにしたのである。飼い始めると、くさくない…うるさくない…動きが多いからつかまえやすい…!といいことばっかりだったのだ。
今にして思えば、世界はそれを愛と呼ぶんだぜ、とそのころの私に伝えたい。「やむを得ない理由」のためには、元気モリモリで生活してもらわないと困る。そういうわけで、野菜やタンパク質など、まんべんなく摂取していただきたい!と自分の不摂生は棚に上げて毎日食事を用意する。彼らに分け与えるために、我が家でも野菜を積極的に買って食べるようになった。
それにしても、彼らは「なんでも食べる」と言われてはいるわりに、けっこう好き嫌いがある。にんじんが大好き。とうもろこしも好き。かぼちゃも好き。小松菜は食べてほしいけど、あんまり好きじゃない。トマトもスイカも、微妙。一方で舞茸はあまり好まれないと聞いたことがあるが、我が家では好評である。彼らはそんなにたくさん食べなくてもいい体質なので、好きなものはあっという間に食べてしまうけど、好きじゃないものは全然手付かずのまま残っている。好きじゃない献立の日の食事はスキップして、今度好きなものが出た日に食べればいいと思っているのだろう。贅沢な人たちだ。でも、なんだか同じ釜の飯、いや、同じ冷蔵庫の飯を食べていると、我々と君たちは家族みたいだなあと思う。
やがて、彼らが「足りなくなる」事態が起こるのを懸念して、成虫を導入し、繁殖にチャレンジしてみた。私が初めてショップで買ったのは幼虫だったので、ネットで購入してたのが届いたときに初めて成虫を見て、ツヤツヤでプリプリな立派な姿に心を奪われた。成虫をコロニーに導入すると、成虫は雌雄でかなり違った外見となるので、性別による性格の違いが見られてとても楽しい。
成虫のオスは22時くらいになると翅を逆立てて他のオスに威嚇しはじめる。それからしばらくは大運動会である。その血気盛んな感じは、常に闘争心を秘めた戦闘民族の私にとっては親近感がある。だがオスが威張れるのは人間が寝ている夜だけである。オスは人間の前では大変臆病で、私がケージのフタをあけただけでも驚くべき瞬発力で逃げ出し、隠れ家に入ってしまう。下手をすると、幼虫よりも臆病かもしれない。
一方、成虫のメスは正反対の性格で、私がメンテナンスをしているそばで逃げることもなく、お気に入りの場所に鎮座ましましている。ちょっと退いてほしくても、つつくくらいでは微動だにしない。しょうがないので押してスライドするしかない。本当に肝が据わっている。だから、成虫のオスは基本的に触らせてもらえないし、メスは触られてもじっとしている。その揺るぎないメンタルの強さはどこから来ているのか。成虫のメスは子どもを産むので、やはり「母は強し」なんだろうか。かなり小さい子を見かけるので、繁殖も軌道に乗りかけているようで嬉しい。
繁殖は楽しいけど「やむを得ない理由」によって辛くなるときもある。非常に情緒不安定な夜、「やむを得ない理由」により隠れ家を覗くと、産まれたての子、Sサイズを購入してそのままひとまわり大きくなった子、そして成虫たちが混ざりあって身体を寄せ合っているのを見て、思わず涙があふれた。可愛さのあまり「やむを得ない理由」によって誰かを連れていかなきゃいけないことが辛かった。自分のしていることの残酷さに耐えられなくなりそうだった。それをいつもは、それこそ「やむを得ない」ことなのでスルーできていたのだが、それができない情緒不安定な夜もある。
彼らをずっと見ていると、なんか愛おしく感じる。ときどきツレと無言でケージを眺め続けていることもある。最近ツレは、逃げ足の速いオスの成虫を逃さずにナデナデする方法を編み出した。はじめは「やむを得ず」飼っていたのが、ただただ飼っているのが楽しくなってきた。うちにいるのとは違う品種も調べるようになり、生態のバリエーションの豊かさに好奇心をくすぐられた。そして、他の種類も飼ってみたいと思うようになった。
いまにして思えば、そのとき私はすでに、沼に片足を突っ込んでいたのだ。そして、いつの間にか家に4種類迎えていた今の私は、もう沼に下半身がすっかり埋まって身動きがとれなくなっていた。そんな私が個人的に萌え〜となるポイントは3つある。
①触角の動き
なんだか、ふわふわ?ふよふよ?しているのである。細い2本の触角がそれぞれ別の方向にふよふよ回転しているのが、なんともかわいらしい。樹皮などに隠れていて、ふよふよ動く触角だけが見えているとたまらない。萌えてしまう。なのであえてケージを、昆虫がいない側を前にして置いている品種もある。まあ、私の場合、虫の触角が好き過ぎなんだけれども。ムカデもヤスデもワラジムシ、ダンゴムシも触角が可愛くて好きなのだ。
②おなか側
私にとって、背中の模様や色合い、透け感、形がそれぞれ素晴らしいのは当然である。ネット通販で購入するときは背中側しか見えないし、そのアングルで見て気に入った品種を購入するのだ。皆様におかれましては、昆虫の背中はまあいいけど、おなか側はヤダ!という方は多いと思われる。私も飼い始めはそんなに好きじゃなかった。が、毎日見ているうちに、おなか側が最高だと確信した。ぷにっとしてツヤっとしているおなかを触りたくなる。そして六本脚。むしろ、そこが嫌なんだよ!と思われるかもしれないが、いい感じにむちっとしててやはり触りたくなる。ベリーグッド。
③横から見るとなんかカマキリっぽい
私はそこそこカマキリが好きだ。だから「カマキリっぽいところがある」というのはとってもいいことなのだ。前脚と頭がとくにカマキリっぽい。あれ?私ちょっと意味分からないこと言ってますかね?見たらわかる。本当に。だって、カマキリとは近縁種なのだから。
さて、問題文はここまで。長い!読んでくださったみなさまは、何の昆虫の話をしているかおわかりでしょうか。答え合わせしちゃいますか。
デデン!
答え 匿名希望・通称「G」さんでした〜!!!
わかりましたか!?わかる人は秒でわかる。わからない人は、正解を知ってもあんまりピンとこない。それだけ、「イメージ」と「実態」が乖離しているのでしょう。ちなみに「やむを得ない理由」というのは、ムカデの生き餌にするため、ということでした。
もしかしたら、黒光りしてるとか、家で出くわしがちとか、一般的なGのイメージに言及していれば、わかったかもしれない…そう思われるでしょうか。でも、よく見かけるような
黒っぽいGさんとは全然違う外見を持った種類も実にたくさんあります。例えば青いGさん、シアーな黄緑色のGさん、虹色のGさんもいます。まーるい身体のGさん
もいます。模様もさまざま。私が飼っているGさんは、キッズなのでまだですが、もっと成長すると鳴きはじめます。あと、土に潜り込んで全然出てこないのもいます。
ところで、Gの沼に肩まで浸かってしまった私が思うに、“G”という存在のイメージがあまりにも悪すぎる。あまりにも嫌われすぎてる。人前でゴキ…というその名を発することさえ憚られる。ヴォルデモートじゃあるまいし。まだGと出会ったことのない人でさえGにめちゃくちゃ怯えている。過剰に嫌悪感を煽るような先入観を植えつけられてしまっているからだと私は思う。そんな現状をなんとかしたい。だいたい、Gに毒はなく、ただ人間が不快だとさわいでいるだけで、Gは限りなく無害に近い存在なんです。(※注 衛生的にはよろしくないので、家に出現したらさすがに退去していただきましょう)何より可愛くて面白いんです。
Gを好きになってほしいとまでは言わないけれど、「まあ、好きではないけども平気っちゃ平気。家に出ても落ちついて対処できる」くらいの人がもっと増えて欲しい。そしたらみんな、もっと生きやすくなるのに…。そんな願いをこめてこの記事を書いたのです。とにかく、可能な方は、インターネットを駆使してさまざまなGを目にしていただきたい。色々な模様、形、生態のGを知っていくうちに、自分が抱いていたGのイメージがガラッと変わると思う。我々の知っているGというのは、Gというバラエティに富んだ昆虫のほんっっっの一部であるからだ。
しかし、こう言っては身も蓋もないけれど、結局のところ、私は運良く虫嫌いを克服していたからGを愛せるようになったのではなかろうか。虫好きの人でさえ、Gだけは無理っていう人も多いでしょう。ましてやGを飼い始めてズボボボーッとG沼に吸い込まれる人もそう多くはないでしょう。たぶん…。でもGって飼育しやすいのでおすすめなんですけどねえ。好きになったほうが人生が潤うこと間違いなしである。そして、もしGが嫌いのあなたが、ひとつ、ふたつ、みっつ…とGの好きなところをみつけることができたら………広くて深い、新たな世界の扉が開けるはずです……では、沼の底であなたにまた会えるのを楽しみにしております。
