私は今年の5月ごろ、眉毛を全剃りした。(※過去記事「人生で初めて眉毛を全剃りして考えたこと」を参照のこと)それから半年近く、眉無し人間として生きてきた。眉毛がないライフスタイルは気楽だった。「コンビニまでの外出だけど一応眉毛描くか?いや、ちょっとそこまでの外出でわざわざ描くのもちょっと…」とか「永遠に左右対称にならない眉毛を描き足し続けてやたらに太い眉毛が誕生してしまった」とか、眉毛があるが故の悩みにオサラバでき、心も身体も軽くなったような気がした。ああ眉無し人間の気軽さよ。私は眉毛の呪縛から解き放たれた自由を謳歌していた。
しかし、このごろ急に、眉がないことに不安を感じ始めたのだ。8月に髪を坊主にしてから、眉無しで坊主頭のイカツい感じというか、垢抜けない感じが急に気になり始めたのである。坊主で眉無しだと、前髪がないために、ただでさえ広い額もさらに広くなって、いよいよデコが歩いていると思われてもしかたないレベルである。それに私の場合、いちいち眉の剃り跡をコンシーラーで消したりもしないため(そもそも眉メイクが面倒だから眉毛を剃ったのだ)、眉毛が無くても剃り跡は見える。眉毛みたいなかたちの影が見える。中途半端に眉があるような感じになってしまう。それでは面倒だから眉を剃ったのが見え見えになってしまう。考えすぎでしょうか。
ふと、眉があった頃の写真を見返すと、眉があるほうが表情も豊かで、垢抜けて見えるのでは?と思える。確かにChatGPTは眉無しが似合うって言ってくれたけど、AIにおだてられてその気になってしまうなんて情けない。やっぱり私、眉無いの似合わないんじゃないか。ひとり考え込んでいるうちに、まるで交際相手と別れたくなった時には相手の悪いところしか見えなくなってくるように、眉無しのメリットよりデメリットのほうが見えてきてしまったのであった。
自問自答の末、私は思った。確かに眉毛が無いと楽だ。だけど、それゆえに自分の見た目に自信が持てない理由が増えてしまうのは歓迎できない。だったら眉毛を生やして眉を描いたほうが良いんじゃないか?どうせだから時短でいい眉毛を描けるようになるぞ!とチャレンジしてみたほうが良いんじゃないか?なにより、眉無し人間が眉を探求しはじめるというシチュエーション…そのほうが私にとっては面白いのではないか?眉毛を全剃りしたあのころには、こんな風には思えなかった。
めんどうだから無くしてしまおう、という決断を下すのは、めんどうなことだとわかっていてチャレンジしてみることより、楽なことが多いだろう。実際、めんどうなものを無くしてしまったほうがいいこともたくさんある。ただ、いまの私にとって「めんどうだけれどもいっちょやってみるか」と思えるのは、心に余裕があって、たとえ苦労をしても次の記事のネタとして消費してしまおうという前向きさが自分にあるからだろう。それは私の心の健康さを示しているような気がして、感慨深いものがある。
私は今、眉毛を伸ばし始めている。そして描き始めている。もう悩み始めている。やっぱり眉毛なんてないほうが良いかもしれないと思う。眉毛が生えると抜きたくなってしまう。なにもかもめんどうになって毛はあるのに描けなかったり、全剃りアゲインしたくなったり。でも、もうしばらく悪あがきを楽しんでみよう。いつかナイスな眉が描けるようになったら記事にしてやるぞ。
