
去年春以降、苦手な作品ができて以降が特に顕著なのだが、ここ何年かの自分は「キャラクターやカップリングに萌えるか」よりも「どこが面白いか尋ねられたときに即答できるか」がフィクションの評価の鍵になっている気がすることに気づいた。
自分のオタクの定義ってまさに前者で、「フィクション作品を主観的に観る」ってことなんですけど、自分は全部客観的とまで行かなくても、客観的に魅力を説明できるかを考えるようになってしまったのか、その定義に当てはまらなくなっているのでは?と考えてしまうのです。
ここ数か月くらい映像作品をあまり視聴しなくなり、フィクション系のインプットの大半が本になっているんですが、古典とかロングセラーを読んでいればそういう客観的評価でふるいにかけられたものだけを読むことができるから、評価する際に楽ということになるんですよ。
悪く言えば世間的に良いとされるものしか選ばないという、かなり消極的なインプットの仕方をしているなぁと思ったんですが…そもそもオタクじゃない人ってそうするんじゃないの?と気づいてしまった。おそらくライトオタクだと言われる方の大半はそうしているんじゃないかと思う。自分はガチオタだったけど、そういうスタイルの方が楽にオタ活できるんじゃないかとすら思うようになった。
昔から評価の悪い作品に触れたくないという感情はあったけど、当時からふるいにかけられたものだけを摂取していれば幸せになれたのかな~とか思ってしまったり。
書いててかなり悲しくなったんですが、まあそれが自分の本当の性質なんだろうな…。
