スペンス家_
その家は清らかな血の光として知られている。
王都でも名の知れた名家。
治癒の力を受け継ぐ血統。
社交界で語その姿は、
病弱な母と、
「聖女」の様に清く優しい娘。
魔術による呪いのような病に伏す母を己の魔法で癒し続ける娘の姿は、
誰もが称賛する“愛のかたち”だった。
そしてもう一つ。
その家には、“もう一人の娘”がいる。
名前だけは知られている。
けれど、姿を見た者は少ない。
――冷酷で、我儘で、優しい妹を虐げる悪女。
話は、川のように流れていた。
噂だけ、霧のように広まった。
この家は清く、正しく、美しい。
聖女が誕生した家に疑問を抱くものなどいない。
この家には生きた亡霊が居ることなど知りもせずに。
―――

屋敷の奥には、光が届かない。
陽は差し込まず、空気は沈み、辺り一面、闇にのまれた塔の中。
その一室で、ひとりの少女が息をしていた。
レイチェル。
本来、この家を継ぐはずだった娘。
けれど今、その存在は――
“奴隷”として扱われていた。
一方で、屋敷の表は光に満ちている。
美しい日の光に照らされた、ステンドグラス。
その光に包まれる、笑顔の使用人たち。
そして、その中心にいる、
リリアーヌ・スペンス。
その姿は、誰が見ても見惚れる愛らしい存在だった。
母だけでなく、病気の民も癒していくその聖なる魔法。
それでいて、決して人を遠ざけない優しさ。
――完璧だった。
「アレックス、少しお願いがあるの」
名を呼ばれ、騎士は一歩前に出る。
アレックス・ヴェイン。
若くしてスペンス家に仕える騎士だ。
「北のほうの東屋に、忘れ物をしてしまって……取りに行っていただけますか?」
「承知しました、取りに行ってまいりますので、リリアーヌ様はここでお待ちになられてください。」
迷いは一切なかった。
彼にとって、それは“守るべき者の願い”だったからだ。
リリアーヌは、ほっとしたように微笑む。
その表情を見て、彼は疑わない。
疑う理由が、どこにもない。
彼はまだ知らない。
自分が守ろうとしているものが何か。
そして、自分が知ることになるものが何かを。
