『昭和のかがやき』へようこそ!
今回のテーマは「昭和のお父さん」です。 昭和後期(1970〜80年代)、家庭の中心にどっしりと鎮座していたお父さんは、どこか頑固で口数が少なく、けれど圧倒的な存在感を持つ「大黒柱」でした。
いつも家族のために外で走り回り、家では自分のスタイルを崩さなかった、あの頃のお父さんの愛しい姿を振り返ってみましょう!
1. チャブ台、新聞、プロ野球! お家での「定位置」
仕事から帰ってきたお父さんの定位置といえば、居間の特等席でした。
畳の上にドカッとあぐらをかき、晩酌のビールをコップに注ぐ。手には折りたたんだ夕刊やスポーツ紙、目はテレビで放映されているプロ野球中継に釘付けです。
「お父さんがテレビを観ているからチャンネルは変えられない」のが我が家の暗黙のルール。お目当てのチームが勝てばご機嫌になり、負ければ機嫌が悪くなる……そんな分かりやすくも分かりにくい存在感が、茶の間に漂っていました。
2. 休みになれば愛車の洗車! 休日のお父さんの姿
日曜日の朝、日頃の疲れを癒やすべく遅めに起きてきたお父さんが最初に向かうのは、庭や駐車場に停めた愛車のもとでした。
バケツに水を汲み、ホースで水をかけながら丁寧に愛車を洗車する。ピカピカに磨き上げた車に家族を乗せ、「よし、出かけるぞ!」とドライブへ連れ出してくれる姿はとても誇らしいものでした。
ドライブの最中、ちょっと道に迷っても「大丈夫だ、知っている道だ」と意地を張り、お母さんに「ほら、やっぱり迷ったじゃない」と突っ込まれるのも、昭和の休日あるあるの光景でした。
3. 言葉には出さないけれど……背中で語る温かい愛
昭和のお父さんは、現代のお父さんのように子供と友達のように遊んだり、甘い言葉をかけたりするのは得意ではありませんでした。
悪さをすれば「こらっ!」と雷を落とし、普段は「おう」「そうか」と短い返事ばかり。けれど、休みの日に一緒にキャッチボールをしてくれたときの手袋の匂いや、日曜大工で棚を作ってくれたときの手のひらの硬さ、泥酔して帰ってきたときに買ってきてくれた折詰やお土産のお菓子。
言葉は少なく不器用だからこそ、その「背中」や「行動」に滲み出る家族への深い愛情を、子供たちは肌で感じ取っていたのです。
おわりに
今の時代のお父さんは、家事や育児にも積極的に関わり、子供ともフレンドリーで優しい関係を築く人が増えました。
でも、昭和のお父さんには「無口で頑固だからこそ感じられる、家族を一身に支える大黒柱としての頼もしさ」がありました。
いつも家族の先頭に立ち、汗を流して社会と戦っていたお父さん。 あの少し怖くて、けれど温かかった背中は、今でも私たちの心の中で大きな道しるべとして輝き続けています。
