『昭和のかがやき』へようこそ!
今回のテーマは「昭和のテレビ(家電)」です。 お茶の間の中心に鎮座していた「テレビ本体」そのものにスポットを当ててみましょう!
ガチャガチャと回すチャンネル、重厚な木製家具のような佇まい。昭和後期(1970〜80年代)の家庭を支えた懐かしのテレビの風景を振り返ります。
1. カチカチ回した「ダイヤル式チャンネル」と「たたいて治す」お約束
昭和40〜50年代のテレビといえば、本体の右側に大きな2つのダイヤルが付いた「ダイヤル式(チャンネル式)」が主流でした。
VHFの1〜12チャンネルを「カチカチ」と重みのある音で回す感覚。長く使っているとダイヤルがバカになって空回りしたり、つまみが取れてペンチで挟んで回したりするのも昭和のあるある風景でした。
画面の映りが悪くなると、画面に砂嵐(スノーノイズ)が走り、家族の誰かが「ちょっと斜め上を叩いてみて!」と天板をバシッと一叩き。不思議とそれで画面がパッと治る大らかさも、当時の家電ならではの愛嬌でした。
2. 茶の間のステータス! 「木目調の家具調テレビ」と「レースのカバー」
昭和のカラーテレビは、単なる電化製品ではなく、応接間や茶の間の威厳を示す「高級家具」としての役割を担っていました。
重厚な木目調のボディに観音開きの木製扉がついており、見ないときは扉を閉めて隠しておくスタイルの「家具調テレビ」は大人気。テレビの上にはお母さんが編んだレースのカバーやレースのクロスが掛けられ、その上には家族写真や置物が飾られていたものです。
やがて1980年代(昭和50年代後半〜60年代)に入ると、リモコン(当時はコード付きから赤外線へ進化)や「画面表示付きテレビ」が登場し、デザインも黒を基調としたモダンなスタイリッシュ家電へと変化していきました。
3. チャンネル権を巡る「家族の攻防」とテレビを囲む団らん
一家に一台が当たり前だった昭和の家庭では、夕食時になると「チャンネル権」をかけた熱いバトルが繰り広げられました。
ナイター中継を見たいお父さん、ドラマが見たいお母さん、アニメや教育番組が見たい子どもたち。誰かがチャンネルを回せば「まだ見てる途中だろ!」と声が上がり、時にはジャンケンやお手伝いのポイントで優先権を勝ち取ったものです。
自分の部屋で個々に画面を見る現代とは違い、ひとつの画面を家族全員で物理的に覗き込み、同じ場面で笑い、涙する。テレビの前にはいつも家族の視線と会話が集まっていました。
おわりに
今の時代は、薄型で高画質な液晶テレビが壁に掛けられ、スマホやタブレットでも高精細な映像が手軽に楽しめるようになりました。
でも、昭和のテレビ本体には「そこに人が集まり、家族の暮らしと温もりを照らし出す太陽のような存在感」がありました。
ブラウン管が放つパチパチという静電気の感触、消した後に残る光の点、画面に映る家族の笑顔。 部屋の真ん中で温かい光を放っていた昭和のテレビは、私たちの思い出のアルバムを映し出す大切なフレームだったのです。
