ハルジオン

やっほー皆の衆、ご無沙汰~。最近暑いけど、体調とかどうですか、そうですか。(それ前も聞いてたじゃん!ってなった方、失敬)
別段書きたいことがないとかってわけじゃないけど、今になってやっと気持ちの整理がついたから
ちょっとだけ、文字数が許す限りつらつらと認めようかなって思ってる。

自分にとって思い出とは、消えたらダメなものだと思う。前に変わって欲しくないものまで何かのイレギュラーで
変わっちゃうこともたまにあるよって話をしたと思うんだけど、それがついこの前に起きてしまって
わけがわからない何かが目からずーっと出てる、みたいな状態が3日ほど続いてた。
こんな感覚は今までなかったし、自分では悲しいことじゃないって思ってても、
身体より先に感情が動いてしまっているような、そんな感覚だった。
大丈夫だと頭で分かっていても、数秒経ったら大きい波がきて、また引いて、をずーっと繰り返してた。
これがもし悲しくて出た涙であれば、すぐに止まるものだと思う。泣きたくて泣いているわけではないから
余計に。音楽を聴いて泣くことはあれど、ただ今までそばにあったものが大人の事情という形で
無くなるってことへの恐怖心なのか、それとも今まで載っけたもんが消えようとしている悲しさなのか、
何で抑えが効かなかったのかが不思議で仕方がなくて。
だからこそ、気付かないうちにSNSが自分の居場所になっていたんだなと感じる。
それがあと少しで消えるかもしれないのが恐かったんだろうなと思う。
居場所がなくなるってことが、自分にとって。

けど、そうやって何かから逃げようとして居場所を求めることって実は悪なんじゃねって自分で勝手に思ってて、
求めたらそれだけ依存するし、そのぶん永遠にそこにあり続けるものだって脳が勘違いしちゃって
身内でも何でもない見ず知らずの誰かがいる場所に逃げちゃうんだけど、
逃げることは別に悪いことじゃないから全然よくて、じゃあ何が悪いかっていうと、
『その場に戻ってこれなくなる』ことだったりする。

逃げ場ってのはあっていいし、ストレスは誰しも抱えるものだから嫌な事とかから逃げたくなるのも至極わかるんだけど、でもその逃げ場が自分みたく居場所に変わったらどうなるかっていうと、身内だったり知り合いだったりの言葉とかアドバイスとかいろんなことに聴く耳を持たなくなって、誰かと仲良くなることに固執し過ぎて自分が分からなくなっていく。それになにかメリットがあるか否かっていうと何もない。からっぽ。
からっぽだから逃げ場を欲しがるし、からっぽだから誰かにそばにいてほしいんだと思う。

まだ人間して数十年しか経ってないけど、逃げ場と救いは絶対に求めたらいけないものだと思う。
救いを求めることと逃げ場を求めることはイコールだって自分で思ってて、
物は違えどもあったら依存するし、いずれ欲しくなるものだから似通ってる部分があるか否かと言われると
それなりにあるかな、ぐらいに思ってる。それも含めて人間出来てる証拠だと思う。
人間が出来てなきゃ誰かを好きになったり、自分に対して自問自答してみたり、
困ったことを信じられる誰かに相談したりは絶対に出来ない。
誰かに何かを相談することは出来て当たり前のことじゃなくて、どっちかといえば勇気がいること。
物心がついたときから誰かにいろいろ聞いたり出来たなら、それはすごくプラスだし善いことだと思うよ。

自分は、自分自身に納得できない日はなくても、これでほんとうにいいんだろうかって自問自答することが多々ある(それって自分に納得出来てないってことじゃないのーって意見は受け付けないのでよろしゅう頼む)。
納得と自問は全然イコールじゃないって思ってるというか、納得ってのは自分の意見を持って誰かと話したときに
相手から「かれこれこんな理由があるからこうするしかない」みたいな意見をもらって「あーね」って折れるようなことで、自問は今話したみたいに「これでいいんだろうか」って自分に問うこと、だから意味合い的にも
全く違うものだったりする。一見するとなにも分からないけど、よくよく見たり考えてみるとそれに対する
アンサーが自分の中に浮かんできたり、すでに浮かんでたりする。言葉にするのが恥ずかしいだけで、
実際はもう自分自身を『納得』させられる一歩手前まで来てる。自問して、自答ができたらそれはもう、
自分が自分に納得出来たんだと誇っていい。というか、むしろ誇るべきことだと思う。
自分って何だろうって路頭に迷ったら一回考えてみると善いかも、持論。

誰かにそばにいてほしいのは、寂しいからとか云々じゃなくて、ただ落ち着く場所を知らん間に求めてるからだと思う。最初に話した依存とはまた違う理由。たとえば最初の話みたく悲しくなったりこわい思いをしたりするときは
誰かがそこにいれば絶対大丈夫だし、それが知り合いなら信頼感が生まれたりもする。
さして変わらない日々も、さして変わらない食事も、誰かがいれば不思議と全然違って感じる。
この世界に魔法なんてもんは存在しない。けど、それは一種の魔法に等しいと思う。
知り合いなら知り合いで、身内なら身内で、付いてる色が全然違う色になる。
さっきも話したけど、人間してて、今日まで生きてて良かった。

生きることが出来て良かった。生きてる実感を感じられて良かった。倖せを感じられて良かった。
この先何があるか分からないけど、その『良かった』を誰かにあげられるように!
ありがとう、また来世で。

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ワタル

音楽とゲームが好き(ちなみに音感あり)

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