君の待ち人は今も来てくれる予定は無さそうだ…その事実を認めてはどうだね?
務めてにこやかにその言葉を紡いだ彼は私の返答を静かに待っている。
静まり返った執務室の中、ひりつく空気が肺の中をも焼いていて呼吸すらままならない。
確かに待ち人の存在あってのプロジェクトでありその為に私は様々なフォロー体制を構築して待っていた。
…現状を打破する決定打を持って帰ってきてくれると信じ続けていたのだ。
しかし約束の期日を過ぎても彼女が戻ってくることは無かった。
その日から周囲の対応は冷ややかなモノに変わっていった。
彼女ありきの信頼関係で付き合ってくれていた提携先は約束してくれていたリソースを引き上げ、
彼女が繋いでいてくれていた協力関係は白紙に戻され冷徹な査定の下で厳しい状況が続いている。
それでも私は彼女が残してくれたシステムと人材を守るべく奮闘してきた。
しかし彼女のような非凡な才能や能力に恵まれなかった私に守れるモノなどひとつも無かったのだ。
そして彼女の残していった”遺産”は全て差し押さえられてスポンサー達が運用していく流れになっていた。
後はこの場で降伏勧告を受けいれ少しばかりの手切れ金で私はこの件から身を引く。
それがスポンサー達が描いたシナリオであった。
悪いようにはしないからというお決まりのセリフを自分勝手に突き付けられ、私は最後の抵抗を試みようとしている。
本当にもう打つ手が無いのか?
私に全てを託していった彼女に対して今できることは無いのか?
私は彼女や共に時間を過ごした仲間たちとの日々を思い起こし、奇跡が起きえる要素を探してひとつだけ可能性のある要素を思いついた。
私たちの為に彼女が残してくれていたモノは目に見える資産だけではなかった。
私はその可能性が具現化した時の青写真を目の前の彼に語ってみせる。
彼は自分の思い通りになる筈だったシナリオの方向性を塗り替えられて目を見張った。
新たな神話の始まりの1ページが書き始められた日の出来事だった。
「それでこの無理難題なスケジュールでプロジェクトのたたき台をまとめてくれと。毎度の無茶ぶりに驚きは無いけど特急対応に対する適切な対価は当然用意してあると思っていいのよね?」
神奈はいつも通りの修羅場案件を持ってきた同僚に対して一応の苦言を呈したあと、今回のゴール地点の確認を取る。
彼女が残していった異能者ネットワークがもたらす様々な利益体制の管理と関係者の癒着防止機関設立。
そして異能者の人権保障を確保する為の法務部対応案の確立。
さらにはトラブル発生時の異能者対応チームの安定稼働基盤整備。
今から取り掛かるにはかなりな地獄の行進が予測されるが選択肢は選べない。
…とりあえず終わった後のバカンススケジュールでも決めてからにするかな。
神奈は未だ先の見えない未来を夢想しつつ、目の前の難題に対しての戦意を高める準備を始めた。
