いつもは自分の背負った不条理の象徴でしかない鮮血の色に染まった月。
それが照らし出す夜の世界も私が見てきた絶望の在り方そのものであった。
この血染めの世界の中には希望も未来への展望も無くただひたすら久遠の時を浪費するしか許されない日々が強要されていたのだ。
誰も私の背負う現実を許容できずにその闇の中へ取り込まれていく。
そして私が内包する闇は現実を侵食し続け人々の日常をも飲み込む事となった。
異界と化した私の世界は様々な現実を塗り替えその意義を変質させていく。
誰もその変化に手出しが出来なくなった頃、私は飲み込んだ人々の日常を眺めることが楽しみになっていた。
人を殺めずにはいられない現実という名の牢獄の中でもがき苦しむ人々の命の脈動だけが私の娯楽となった。
その頃からだろう…誰からともなく私は”ロード”という敬称で呼ばれる事となった。
”血染めの盟主”、「ロード・ジャックローズ」と。
「これが彼に関する現状得られる情報の全てか…知ってはいたつもりではいたけど面倒極まりない話ね。」
悠華は書類の束を机の上に投げ出すとこめかみを押さえて眉を寄せる。
藤御堂家御用達の別邸の一室で悠華と真は途方に暮れていた。
これは生半可な交渉や荒事では対処できないケースだ。
それでもあの場で見逃してくれたのは幸運だったな…それだけまだ猶予はあるのだろうか?
悠華は真に対してアイコンタクトを求めるも即座に返ってくる否定のサイン。
肩をすくめて力なく首を横に振るその様子はまさに「お手上げ」だ。
彼が私や真の何に興味を持ち接触してきたのかはわからないが、好意的な事態になる事だけは無いだろう。
そして「フェアリー・リリック」をけしかけてきた橘家との問題が解決したわけでもない。
悠華の意識の中は答えの出ない問題がぐるぐると回り続け現状把握すらままならない状態だ。
そんな悠華の様子を見て何か覚悟を決めた様子の真は主に向かってひとつの提案をしてみることにする。
「ねえ悠華…今回ばかりは私たち2人だけでは荷が勝ちすぎるよ。ご隠居様にお伺いを立てて”クインテット”の招集を頼んでみない?」
真の言葉に渋々頷いた悠華は祖父である「藤御堂のご隠居様」にアポイントメントを取ることにする。
藤御堂家私設護衛部隊”クインテット・ブレイズ”。
藤御堂家所属の不都合処理特務部隊である彼女たちは普段一般的に表沙汰にできない面倒事や手練れの異能者、もしくは超越者相手の事案等を対処する為の人間だ。
お爺様の手を借りるのは後々どんな不都合があるか想定できないからあまり取りたくない選択肢だけど…そんな事を気にしている場合でもないか。
悠華は覚悟を決めてホットラインを起動すると祖父への取次ぎを要請する。
直属のオペレーターの無機質な声がこれから来るだろう運命の非情さを妙に感じさせていた。
