今の私に残されたモノは華々しい過去の思い出くらいだ…それでも話を聞いてくれるかね?
彼は自嘲気味に笑い、する必要の無いはずの意思確認をしてきた。
静まり返った彼の所有する屋敷の広大な庭園。
その敷地内には様々なデザインで色とりどりの植物が手入れされており、統一感が無いながらも不思議と協調性が感じられている。
おそらく今まで彼と関係を持った様々な人々との日々が反映されているのだ。
その人生の在り方そのもののような庭園の静けさの中で私は自分の意識が澄んでいくのを感じている。
普段考えることのない人生の俯瞰した映像が私の意識に投影されていた。
彼にアポイントメントを取った時に考えていた成功への秘訣とか資産の築き方などの質問に不思議と意義は見出させなくなっていた。
そう、より純粋に彼の辿ってきた日常への関心が私の心を占拠している。
私は彼の質問に対し淀みなく了解を示して彼がこれから語るであろう英雄譚や武勇伝を心待ちにする。
彼は私のキラキラした少年の様な瞳を見て満足げに頷くと自分のこれまでの日常を静かに語り始めた。
紡がれていく彼と仲間たちの激情と決意の物語。
私にとっての神話となるべき現実が心の奥底に根付いた日の事だった。
「それがここ最近の無茶ぶり進行の原因ってわけなのね。まだありきたりな情報商材に感化された方がマシだったな。」
恵は目の前に積まれた対処案件の山に対して愚痴をこぼす余裕もなくげんなりしていた。
異能者トラブル対策を扱う我が部署では理想論で回らない現実的問題がいつもの日常だ。
なので突出したカリスマがトップダウンで現場に乗り込み力づくで解決などというケースをモデルにされると困る事この上ない。
伝説の剣が振り回せる勇者だけが解決できる問題など常人にとっては自然災害と変わりないのである。
それでも伝説の勇者とその仲間たちの英雄譚に感化されてきたウチのボスはやり方を変えてはくれないだろう。
彼の心は伝説の勇者の神話に奪われてしまった後だ。
自分も歴史に残る伝説の勇者になりたいのであろう…その願望が現実に何をもたらすかわからないはずは無いはずなのに。
しかし現場第一主義のたたき上げだったウチのボスの心を心酔させる英雄譚か。それはそれで聞いてみたくもあるな。
現実のオーバーフローに耐えられなくなった恵の意識はついに手を出してはいけないところへ到達してしまう。
その興味が現状の悪化に直結するだろうことを想定しながらもその意識は止められない。
そう、ちょっとした非現実ならお茶のみ話としても役に立つしね。
恵は再三の本能からの警告に言い訳してボスのところへ出向く。
…深淵を覗いた者たちの行く末など考えもしないままに。
