確認しておくがマイナス地点からゼロに戻すまでが私の仕事だ。それから先はあなた方がやるべきことである…いいかな?
彼は一通りの説明義務を終えると一息ついてこれからのシナリオを語りだした。
まず組織内の倫理観を整え足並みを揃える事。
業務上の処理フォーマットや意思決定規律の制定。
そして目指すべき理想像へのベクトル構築に至るまで。
今はいないかつてのカリスマが残したヴィジョンの骨格は残したままで現状の懸念事項を解消する枠組みを彼は淡々と説明していった。
それは形骸化していた組織の理念が実質的利益に接続するための道筋。
その場にいた皆のどれくらいがそれを理解できているかは怪しいモノだったが、カリスマの残した遺産をひたすら食い潰し続ける現状から抜け出せる方法が示されたということは大事なことであった。
そして彼の説明がひと段落すると様々な質問や質疑応答を求める声が上がる。
その声に宿った熱量はもはや付け焼刃の現実論に囚われていた頃の絶望感を吹き飛ばすモノとなっている。
彼はその生き生きとした反応を喜ばしく思いひとつずつ丁寧に対応していく。
…これからの運命を背負う人柱の選定を行う選別の儀式が粛々と進められていった日の出来事だった。
「なるほどあの長年の塩漬け案件を捌いたのが例の問題人物か。それにしてはこの情報が広まるのにだいぶ時間がかかったな…何か不都合な事でも処理していたのかな?」
アリスは手元のデバイスで情報を確認していて不審な点がいくつもある事に疑問を抱いていた。
ひとつはあのコミュニティをかつて率いていたカリスマが残した問題はとても一個人で処理できるレベルではなかった事。
そして長年誰も手を出すことのできないこの土地ならではの利権構造が絡んでいた為抜け駆けして手を出すことは禁止の協定が結ばれていた現状が今になって動いた事。
さらにはこの土地の暗部として影響力の大きい手練れの異能者たちが今はいないカリスマの為にコミュニティの塩漬け状態を望んでいた事。
これらの不自然な動きがこれからの日常の在り方を激変させる要因であり危急の対応を要する事だ。
「つまり情報が”解禁”されたって事は”これからよろしく”って事だよね…とりあえず挨拶だけはしておくか。準備は任せていいよね。」
アリスはそれだけを同僚に告げると意気揚々とこれからの予定を組みだした。
いつもの雑務を丸投げされた同僚は肩をすくめてやれやれとポーズを示すが、抵抗の意思は通じない事はいつも通りなので渋々業務に戻っていく。
歴史の1ページ目が捲られるときはそれほど大した変化が無いのかもとぼんやり考えながらも。
