「また不採用か……」
五月中旬の土曜日、企業から送られてきた選考結果のメールを眺めながら俺はつぶやいた。転職活動を始めて数か月、仕事が決まらない日々が続き、なかば俺はやけっぱちになっていた。
「何がいけないんだ……?俺はどうすればいいんだ……?」
俺は頭を抱えた。しかし悩んでいてもしょうがない。俺は近くを散歩することにした。
*
道を歩いていると、見覚えのある男性がこちらに歩いてくるのが見えた。大学時代の友人、押川だ。
「おーい、押川!」
「あれっ、佐倉か。ずいぶん久しぶりじゃないか。今何してんの?」
「転職活動中だよ。でもあちこち応募してもどこも不採用なんだ」
「そうか……大変だな」
ため息交じりに話す俺を押川はねぎらってくれた。
「どこかで話を聞いて欲しいんだけど、時間ある?」
俺は思い切って押川に相談することにした。
「これから家に帰るところだし、時間ならあるよ」
「ありがとう。それじゃそこの喫茶店で良い?」
「良いよ」
押川は快く承諾してくれた。ありがたい。
そういうわけで、俺と押川は近くの喫茶店へ歩いて行った。
*
喫茶店で俺と押川は話し込む。
「佐倉はどこも不採用って言ってたよね」
「うん」
「自分がどういう会社で何をやりたいかって決まってる?」
そう聞かれて俺はどきりとした。実のところ”下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”作戦で手当たり次第に求人に応募していたのだ。
「……いや……手当たり次第に応募していたけど……」
「……あまり良い手とは言えないな……」
押川の言う通りだ。俺は焦るあまりターゲットを絞っていなかったのだ。おまけに自分の強みも見えていなかった。これじゃ不採用が続くのも当たり前だ。
「そもそも佐倉のやりたいことって何なのさ」
俺のやりたいこと、それは……。
「文章を書く仕事がしたい」
「具体的には?コラム記事?エッセイ?それとも小説?」
押川にそう聞かれ、俺ははっとした。
「そうだ、小説だ!俺は小さいころから物語を書くのが好きだった。高校でも文芸部に入って小説を書いてたんだ」
「大学でも文芸サークルに入ってたよな。あるじゃん、好きなこと。本格的に小説家目指してみたら?」
「そんな冗談みたいな……」
「いや、冗談じゃないさ。仕事が決まらないなら、いっそのこと就職せずにフリーで働くんだ。そりゃ会社に就職して働くよりも厳しいと思うよ。でも大切なのは、佐倉が何を生業にしたいのかという事だと思うね」
何を生業にしたいのか……かぁ。思い返してみれば、ある小説家の物語に感動して俺も小説を書き始めたんだったっけ……。
「よし、やってみるよ。ありがとう、押川!」
「あまり根詰め過ぎないようにな。応援してるぜ」
*
押川と別れてアパートに帰ってきた俺は机に向かい、パソコンを立ち上げた。学生時代には物語をたくさん書いてきた。しかし、就職してからは物語なんてめっきり書いてない。小説を空いた時間にちまちま読んでアイデアをため込んではいるが……。でもやってみよう。働き口がなければ自分で作るんだ!
さっそく俺は小説投稿サイトにログインした。大学時代に利用していたそのサイトは今でも運営されている。活字離れが進んでいるとはいえ、こうやってウェブ上で物語を書いたり読んだりする人はいるんだ。もう一度物語を紡ごう。俺はため込んでいたアイデアをもとに短編小説を書き、それを投稿した。
*
後日、サイトの個人ページに読者からの反応があった。
「面白い!」
「読みごたえがありますね」
「続き待ってます!」
俺は嬉しくなった。小説が誰かに読まれることの嬉しさ!学生時代に味わった興奮が俺を再び包み込んだ。押川、ありがとう。瞳が自然と潤んできた。
嬉しさのあまりアパートを飛び出した俺は、近所にある大きな公園に向かった。俺は小高い丘のてっぺんに立った。空が少しだけ高い。柔らかな春の風を感じる。
読んでくれる人の心を動かす小説を書くぞ!俺は心の中で決意した。
その時、俺の夢を後押しするかのように優しい春の風が背後から吹いてきた。
あとがき
高浜虚子の俳句「春風や闘志いだきて丘に立つ」に着想を得て、この物語を作りました。虚子は一時期小説の執筆に熱中して俳壇から遠ざかっていましたが、大正2年にこの句を詠み、決意を新たにして俳壇に復帰したそうです。今回の物語では、仕事が見つからない青年が自分のやりたいことに向かって一歩を踏み出す姿を書きました。皆さんの夢にも春の追い風が吹きますように。
