他人の都合に晒されないヒーローが困っている誰かを助けられるとは思わないね。
彼はそれだけ言い終わるとアイコンタクトと身振りでこの場の用事が済んだことを傍らの従者に伝えた。
彼の部下であろう人間が数人呼び出され、帰り支度を整えていく。
その様子を呆然として眺めている私に対し彼は今回こちらが飲んだ条件の契約を書面化して郵送する旨を告げると足早にこの応接室を出ていった。
私がこの先見ることのできる未来の可能性…その中のひとつがこれからの現実として確定していた。
負うことになった責務と売り払った権利の重さが改めて私の意識に圧し掛かる。
その息苦しさを解消する術も無いまま惰性に任せ現場への指示を部下に伝えた後、深いため息が自然と出ていた。
現状で吐き出したのは自分の尊厳だけでは無いという自覚があまりにも非現実的な幻想にしか思えないことがせめてもの心の拠り所とするしかなく、私はこれからの自律判断を放り出すことを決断した。
「はあ…それで今回の事案の主導権はおろか地位協定の見直しまで飲まされてすごすご帰ってきた上、現場への直接の謝罪も無し。そして本人は雲隠れ…背任行為のフルコースだね?いっそ振る舞う側も清々しく感じたんじゃないかな。」
通達を受けた美由紀は興味を持つことすら汚らわしく思い苛立つことをまず放棄した。
異能者事案対処の組織は首都圏では主に警視庁警備部や刑事部及び組織犯罪対策部と連携して事態に対応を行う。
その為に異能者が公的ネットワークに所属している必要があるのだが、その管理権限は国家特別公務員である警備部特務異能対策課にある。
その特務課職員は異能者を多数抱える戦前からの旧家の人間が務めている仕組みだ。
それにより異能者による不測の事態や軍事的パワーバランスが偏ることを防いでいる。
ウチの組織もその旧家のひとつである斎木家のバックアップにより直属組織として稼働をしていたのだ。
だが今回あまりにも唐突なちゃぶ台返しが起こった。
これまでの取り決めを覆し公的ネットワークの稼働枠を丸ごと渡せと先方が持ち掛けたという。
そしてこれからは自分たちの下請けとして手足になれとも。
そうすれば現状の負債や各方面の借りも肩代わりしてやると。
美由紀はもはや事実を反芻することも苛立たしく思考を整理できないでいた。
…とりあえず先方の首根っこを押さえる手札が無いと話が始まらないか。
美由紀は憎悪と怒りで煮立った意識を抑えて攻め手を組み始める。
自然界の掟がこれほどまでに自分達を翻弄することに憤りを感じながら、だ。
これから始まるだろう灼熱の日々は今までの日常をより一層刺激的に塗りかえるに違いない。
美由紀は久々の鉄火場に挑む決意を込めて、ゆっくり息を吐き出していく。
それは自分たちの尊厳の価値を再定義する覚悟の現れであった。
