第一話 発現
俺の名前は佐藤一(はじめ)。どこにでもいる普通の大学生だ。 ある日の昼下がり、アパートのポストに一枚の奇妙なチラシが紛れ込んでいるのに気づいた。
「なになに……『AIメイド』?」
どうやら記載された番号に電話すると、AIメイドとやらが自宅に派遣されてくるらしい。どこからどう見てもうさん臭さ MAX だったが、友人との話のネタになるかもしれないという不純な動機と、単純な好奇心から試してみることにした。
「どれどれ、お値段はっと……」
チラシの隅々まで目を皿のようにして、ようやく見つけた金額に俺は目を見張った。
「ご、50万っ!?」
大学生にとってはあまりにも巨額。思わず恐れおののいた。だが、決して払えない金額ではない。留学のために必死に貯めた80万円が、いまも口座に眠っている。 悩みに悩み、部屋のなかをぐるぐると歩き回った末、結局は好奇心の誘惑に勝てなかった。
「ええい、ままよ!」
勢いに任せて電話をかける。呼び出し音の後、驚くほど感じのいい女性の声が響いた。
『お電話ありがとうございます。今回はどのようなご用件でしょうか?』
「あ、あの、チラシを見て……はい、AIメイドの注文を……」
なぜか悪いことでもしているような気分になりながらも、手続きを完了させた。聞けば、なんと明日には到着するらしい。俺は高鳴る胸を抑えながら、ベッドに潜り込んだ。
「ピーンポーン――」
けたたましいチャイムの音に叩き起こされ、寝ぼけ眼のまま玄関へと向かう。
「こんな朝っぱらから、一体誰だよ……」
あくびを噛み殺しながらドアを開けると、そこには言葉を失うほどの美少女が立っていた。 紫がかって見える艶やかな長い髪に、吸い込まれそうな瞳。
「はじめまして。派遣されてまいりました、AIメイドです。こちらは佐藤様のお宅でお間違いないでしょうか?」
鈴を転がすような澄んだ声を聞いた瞬間、昨日の記憶が濁流のように押し寄せてきた。
「そうだ、昨日、あんなの注文したんだった……!」
流石に玄関先で話し込むわけにもいかず、ひとまず彼女を家の中へと招き入れた。 それから色々と説明を受けて分かったのは、この契約には期限がないこと、彼女が家事全般を完璧にこなせること。そして、まだ「名前」がないということだった。
名前や性格といった詳細なプロファイルは、スマホアプリと彼女を Bluetooth で接続し、初期設定で行うシステムらしい。
「いやはや、便利な世の中になったもんだ」
感心しながら、順調にスマホの画面を進めていく。 そしてついに、最重要項目である「容姿」と「性格」の設定画面が現れた。これから長く共同生活を送るのだから、ここだけは妥協できない。
容姿に関しては、現状でもお釣りが来るほど美少女なのでいじらないことにした。その分、性格を自分好みの理想に仕上げようと、俺のゴーストが熱く囁く。
それから10分、20分、30分……。 画面とにらみ合い、悩み抜いた末にようやく設定が固まった。満足感に包まれながら、決定ボタンを押そうとスマホに手を伸ばす。
――その、まさに刹那だった。
「プチッ」
非情な音と共に、スマホの画面が真っ暗になった。
「は? なんで……充電が切れるはずがない! だって寝る前にちゃんと挿したじゃないか!」
混乱しながら電源タップを確認すると、充電器が刺さっているすぐ隣のスイッチが『ON』になっていた。そう、暗闇のなかでスイッチを一つ押し間違えていたのだ。
急いでスマホを充電し直しつつ、最悪のタイミングでの強制シャットダウンに青ざめる。そして、一つの恐ろしい疑問が頭をよぎった。
「……待て。この場合、彼女はどうなるんだ?」
恐る恐る振り返り、背後に佇む彼女の様子をうかがう。 すると彼女は、
「ジジッ……ガガッ……――」
不穏な電子音を発しながら、まるでバグったように小刻みに震え始めていた。
「嘘だろ……50万、一瞬でドブに捨てたか……!?」
絶望が脳裏をよぎり、頭を抱えそうになった直後。 彼女の震えがピタリと止まり、すん、とおとなしくなった。
「――初期設定が完了しました」
機械音声ではない、先ほど通りの滑らかな声が室内に響く。俺は心の底から安堵の息を漏らした。
「これからよろしくお願いいたします。静華(せいか)は一様のメイドとして、一生懸命がんばります!」
静華は、ひまわりが咲いたような満面の笑みを浮かべる。 俺はこれからはじまる彼女との甘い生活を想像し、すっかり吞気に浮かれていた。
だが、この時の俺はまだ知る由もなかった。 再起動したスマホの画面に、すべての数値が限界突破してバグり散らかした「性格パラメーター」が表示されていることなど――。
