火は雪の下で燃える-第十二話-

第十二話 数えられるもの、数えられないもの

街道砲撃から二日後、各地で死者数の更新が始まった。

テリル連合国は、避難民列への攻撃による犠牲者を新たに十七名確認したと発表し、そのうち六名が未成年であると強調した。
ハイネ帝国は、同攻撃により敵輸送能力へ重大な打撃を与えたとし、護衛兵および補給車両への損害を戦果として報告した。

同じ出来事のはずなのに、片方では子どもの数が増え、もう片方では荷車の数が増える。
国家は、数えたいものだけを先に数える。


北方避難所では、街道で死んだ者たちの名簿がようやく壁に張り出された。

紙は二枚。
一枚目は身元確認済み。
二枚目は身元不明。
それだけの区別なのに、前者はまだ家族へ届く可能性があり、後者はどこにも帰れない感じがした。

ミナは掲示の前に立ち、文字を一つずつ追った。
講堂で徴募され、街道で死んだあの少年の名もそこにあった。
エルマー・ディーツ。十八歳。補助輸送任務中死亡。

死亡。
たった二文字で講堂で外套を受け取っていた姿も、母親の泣き声も、荷車を持ち上げようとした動きも、全部が閉じられてしまう。

隣では、その母親が紙に触れそうなほど近くに立っていた。
泣いてはいない。
泣き終わったのか、まだ泣けないのか、わからない顔だった。

「補助だったのに」

女は誰に向けるでもなく言った。

「兵じゃなかったのに」

その言葉に、周囲の何人かが目を伏せた。
誰も否定しない。
否定できないのだ。
補助だった。だが死んだ。
死ねば、役目の名前はあまり意味を持たない。

ミナはその場から動けなかった。
エルマー。
名前を知ると、急に距離が変わる。
ただの「少年」ではなくなる。
そしてその分だけ、死が重くなる。

母はまだ歩行が不安定で、名簿の前までは来られなかった。
寝床からミナに聞く。

「名前、あった?」

ミナは少しだけ迷ってから答えた」

「うん」

「……そう」

母はそれ以上聞かなかった。
聞けば、その名前が自分の中にも入ってくるからだろう。


リアは避難所と臨時診療所を往復しながら、死傷者の記録整理を手伝っていた。

紙の束には、搬送時刻、負傷部位、処置内容、生死、身元確認状況が並ぶ。
書き方は覚えれば機械的に進められる。
進められるようになってしまうことが、時々ひどく嫌だった。

「この子、年齢は?」
「推定七歳」
「推定じゃなくて?」
「名乗れない。付き添いもいない」

記録係の女が淡々と答える。
悪い人ではない。
ただ、淡々としていなければ崩れるだけだ。

リアは別の紙をとった。
そこには「エルマー・ディーツ 十八歳 胸部銃創 現場死亡」とある。
講堂で見た少年。
補助任務。
後方支援。
そういう言葉が、紙の上では跡形もなく消えている。

「遺族への返却品、これだけ」

箱の中には、外套のボタン、折れた鉛筆、布袋、配給票の切れ端。
遺品というにはあまりに少ない。
でも、少ないからこそ残酷だった。

「時計や手紙は?」
「なし」
「靴紐まで書くのに?」
「書くものがないから、ボタンまで書くのよ」

リアは箱を見つめた。
人が死ぬと、持ち物の方が先に整頓されることがある。
身体はまだ温かいかもしれないのに、所持品だけが先に分類される。
それは必要な作業だ。
必要であることが、なおさらつらい。

診療所の奥では、ダヴィドがようやく拘束を解かれかけていた。
間者の証拠が出なかったからだ。
だが解かれるといっても、どこへ行けるわけでもない。
商いの荷は失い、信用も傷ついた。
無実の証明は、元の生活を戻さない。

「よかったね、と言ってほしいか」

ダヴィドが皮肉っぽく言う。

リアは首を振った。

「言えない」

「正直でいい」

彼は乾いた笑いを漏らした。

「戦争ってのは便利だな。誰かを疑って、壊して、違いましたで終われる」

その言葉に、リアは返せなかった。
数えられる被害だけでは足りない。
こういう、数字になりにくい損害の方が、実は長く残る。


帝都グランヘルでは、街道砲撃の「戦果」がさらに整理されていた。

セシル・ノイマンの机には、前線司令部から送られた追加報告がある。

「敵輸送列の分断成功。荷車十一、馬匹八、護衛兵推定九以上に損害。敵再編を遅滞」

数字は整っていた。
整っているから、読みやすい。
読みやすいから、紙面に載せやすい。

その横には、連合側が発表した犠牲者一覧の抜粋が置かれている。
未成年六、女性四、老人三、身元不明二。
こちらも整っている。
整っているから、怒りを喚起しやすい。

セシルは両方を見比べた。
荷車十一、未成年六。
数え方が違うだけで、世界の輪郭まで変わる。

「本日の論説では、連合側が民間被害を誇張している点を指摘します」

局長が言う。

「誇張?」
「護衛兵と民間人を意図的に混同している」
「こちらは荷車と人間を混同していませんか」

局長は眉を上げた。

「君は最近、言い方が刺々しいな」
「事実です」

少し沈黙が落ちた。
局長は怒鳴らなかった。
その代わり、冷えた声で言った。

「ノイマン君。戦時広報は、全体の士気と秩序を守る仕事だ。個別の例外に引きずられて全体を損ねるな」

個別の例外。
子どもも、補助兵も、母親も、避難民も、全部そこへ入るのだろう。
個別である限り、全体のために削ってもいいものになる。

「承知しました」

セシルはそう答えた。
承知はしていない。
だが承知しないと言える場所でもない。

局長が去ったあと、彼は一枚の下書き用紙に、誰に見せるでもなく書いた。

数えやすいものほど、都合がいい。

書いてからすぐ破った。
残しても意味がない。
意味がないとわかっていても、一度書かないと息が詰まりそうだった。


前線では、数えられないものはすぐに泥へ埋もれていった。

エーリヒ・ヴァルナー少尉は、街道砲撃後の損害確認書に署名していた。
味方損害、弾薬消費、敵輸送阻害効果、観測結果。
どれも軍として必要な項目だ。
必要であることに異論はない。
ただ、その必要の中に、昨日見たものの大半が入っていない。

「少尉、捕虜移送の件です」

ブルーノがサロの書類を持ってくる。
脚の傷が回復しつつあり、後送先が決まったらしい。

「交換捕虜になる可能性もあります」
「そうか」

エーリヒは頷いた。
サロが助かることに安堵する自分がいる。
だがそれは一人分だ。
街道で壊れた列全体に比べれば、あまりに小さい。

サロ本人は、移送前にエーリヒへ言った。

「昨日の道、見た」

通訳を介しての短い言葉だった。

「お前の命令か」

エーリヒは少し黙ってから答えた。

「一部は」

嘘をつくこともできた。
だがもう、その種類の嘘には疲れていた。

サロは彼を見た。
怒鳴りもしない。唾も吐かない。
ただ、静かな目で言う。

「じゃあ、お前は数える側だな」

「何を」
「壊したものを、戦果として」

エーリヒは返せなかった。
数える側。
その言い方は、妙に正確だった。
自分は現場にいて、泥も血も見ている。だが最終的には、報告書に署名する側でもある。

「全部は覚えていない」

ようやくそう言うと、サロは小さく首を振った。

「だからだ」

「その返答が、胸の奥に鈍く残った。


避難所では、エルマーの母に遺品が返された。

小さな布包み一つ。
中身はボタン、折れた鉛筆、配給票の切れ端。
母親はそれを膝の上に置き、しばらく開かなかった。
開けば、本当にこれだけになるからだろう。

ミナは少し離れた場所から見ていた。
あまり近づけない。
近づけば、自分から何か言わなければならない気がする。
でも、何を言っても違う。

やがて母親は布包みを開き、折れた鉛筆を指でつまんだ。
それだけで泣き始めた。
大きな嗚咽ではない。
息がうまくできなくなるみたいな、小さな崩れ方だった。

ミナはその泣き方を見て、祖父の懐中時計を強く握った。
人が死んだあとに残るものは、いつも少なすぎる。
少ないから、余計にその人の不在が大きく見える。

「見なくていいよ」

母親が寝床から言った。
でもミナは首を振った。

「見る」

またその答えだった。
見たくない。
でも、見ないと何かが消される気がする。
誰かが勝手に別の意味へ変える前に、自分の目で残しておきたかった。


その夜、帝都の紙面には新しい数字が載った。

敵輸送列に重大打撃。
敵護衛兵損害増。
我が軍の損害軽微。

セシルは校了後の静かな編集室で、その数字を見ていた。
印刷されれば、明日の朝には多くの市民が読む。
数は説得力を持つ。
曖昧な感情より、整った数字の方が人を納得させる。

だが彼の頭には、別の数え方が浮かんでいた。
返事の来ない三通目。
途中で止まった手紙一通。
補助任務の少年一人。
名簿の前で立ち尽くす母親一人。
数字にすれば小さい。
小さいから、全体の論理に負ける。

机の引き出しには、検閲で削られた私信の写しが残っていた。
怖いです。
たったそれだけの言葉。
数えられないが、たぶん最も本物に近い。

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みき

気になったことを自分の意見も交えつつ記事にしていきます。 (内容は種類にこだわらずやっていきます)

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