火は雪の下で燃える-第十六話-

第十六話 言い訳の形

人は、自分がしてしまったことそのものより、そのあとで口にする言葉によって変わることがある。

仕方なかった。
必要だった。
自分だけでは止められなかった。
あれでも少しはましにした。
もっとひどくもできた。
誰かがやるなら、自分がやっても同じだ。

そういう言葉は、最初は傷口に巻く包帯のように見える。
だが巻き続けると、いつのまにか傷もそのものの形を変えていく。


帝都グランヘルでは、中央広報院が新たな特集企画を準備していた。

題は「支える手」
前線の兵だけではなく、後方で働く人々もまた国家を支えている、という趣旨の連載だ。
看護婦、工場労働者、鉄道員、配給係、広報官。
誰もが持ち場で必要な役目を果たしている。
その構図は、市民にとって安心しやすい。
自分も正しい位置にいると思えるからだ。

セシル・ノイマンは企画書を読みながら、嫌な予感しかしなかった。

「君にも短い寄稿を頼みたい」

局長が言う。

「言葉で国家を支える仕事について。若い官吏の模範としてちょうどいい」

模範。
その言葉に、セシルは一瞬だけ笑いそうになった。
もちろん良い意味ではない。

「私が書くんですか」
「適任だろう。冷静で、感傷に流されず、文章も整っている」

褒め言葉のはずだった。
だが今の彼には、ほとんど告発に聞こえる。

「断れませんか」

珍しく、口に出していた。
局長は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに平静に戻る。

「理由は」
「向いていません」
「向いているから頼むんだ」

その返答に、セシルはそれ以上何も言えなかった。
向いている。
つまり、もう十分この仕事に馴染んでいるということだ。

机へ戻ったあと、彼は白紙を前に長く座っていた。
何を書けばいい。
言葉は人を励ます。
混乱を鎮める。
秩序を守る。
どれも嘘ではない。
そして、そのどれもが、今の自分には言い訳の形にしか見えなかった。


前線では、検閲と小規模掃討が日常化していた。

エーリヒ・ヴァルナー少尉の部隊は、村道沿いの倉庫群を調べる任務に当たっていた。
連合側協力者が物資を隠している可能性があるという情報だ。
可能性。
その語の広さには、もう十分慣れてしまった。

倉庫の一つから、乾パン、塩、毛布、薬草束が見つかる。
軍需物資というには少ない。
だが民間備蓄と言い切るには多い。
戦時には、その中間が最も危うい。

「押収しますか」

ブルーノが聞く。

倉庫の持ち主は、痩せた農夫だった。
妻と幼い孫が後ろに立っている。
農夫は何度も同じ説明を繰り返した。

「冬越しの分だ。避難してきた親族にも分けるつもりだった」

「州兵に渡すつもりは」
「ない」
「本当に?」

問い詰めれば、たいてい人は言葉を詰まらせる。
詰まった時点で、疑いは強まる。
そういう仕組みだ。

エーリヒは倉庫の中を見回した。
軍用の箱はない。
武器もない。
だが、これを見逃せば「敵協力の温床を放置した」と言われるかもしれない。
押収すれば、この家は冬を越えにくくなる。

「半分だけ接収だ」

口にしたのは、またしても半端な判断だった。

ブルーノが確認する。

「記録上は」
「軍の必要に基づく一時接収」
「理由は」
「地域安定のため」

言ってから、自分でその言葉にうんざりした。
地域安定。
便利な言い方だ。
家から食料を奪っておいて、安定のためと言える。

農夫は抗議しかけ、しかし孫を見て黙った。
兵たちが乾パンと毛布を運び出す。
妻がそれを目で追う。
泣きもしない。
泣けば余計に惨めになると知っている顔だった。

帰り道、ブルーノが言う。

「全部取らなかっただけ、ましです」
「それが言い訳になるか」
「少尉が今そう考えないと、次が続きません」

エーリヒは返せなかった。
図星だった。
全部ではない。
少しは残した。
その考え方で自分を保とうとしている。


北方避難所では、ミナが炊き出し係の手伝いを続けていた。

最初は椀を並べるだけだった。
今は、列の乱れを注意し、小さい子を前へ通し、配給漏れを記録するところまで任されている。
大人たちは「しっかりしているから」と言う。
その評価が、彼女には時々苦い。

昼、配給量をめぐって小さな揉め事が起きた。
新しく来た避難民の男が、自分の家族分が足りないと強く抗議したのだ。
炊き出し係の女が疲れた声で言い返す。

「名簿にない人数は出せない」
「途中ではぐれた娘が戻ってくるかもしれない」
「戻ってきたらその時に」
「その時にはもうないだろう」

周囲の視線が集まる。
列が止まり、空気が尖る。
ミナは反射的に言っていた。

「後ろがつかえてる」

男がこちらを見る。
怒りと疲れの混じった顔。
ミナは少し怯んだが、言葉を続けた。

「今は配るしかない。止まるとみんな困る」

自分でも驚くほど、避難所側の言い方だった。
男は言い返しかけ、結局舌打ちして列の端へ寄った。
炊き出しは再開される。

「助かった」

係の女が小声で言う。
ミナは頷いた。
頷きながら、胸の奥がざらついた。

自分は正しかったのか。
列を進めるには必要だった。
でも、あの男の言っていたこともわかる。
戻ってくるかもしれない娘の分を、先に確保したい気持ち。
それを「後ろがつかえてる」で押し流した。

夜、母にその話をすると、母は少し考えてから言った。

「仕方なかったのかもしれないね」

その慰めが、ミナには妙に嫌だった。
仕方がなかった。
それで終わってしまう気がした。

「でも、あの人の顔、ずっと変だった」

ミナがそう言うと、母は答えなかった。
答えられないのだろう。
仕方がないことと、つらいことは両立する。


臨時診療所では、リアが新しい優先順位の運用を任されていた。

重症者の増加と薬不足のため、使用できる鎮痛剤と消毒液をさらに絞る必要が出たのだ。
誰にどれだけ使うか。
それは医師だけでなく、現場で回す者にも委ねられる。

「この子にはもう少し使いたい」

リアが言うとマルタは首を振った。

「高熱でも持ち直す見込みがある。だからこそ少量で回す」
「じゃあ、あっちの老人は」
「厳しい。使っても変わらない」

変わらない。
その言葉が、リアの胸に引っかかった。

「でも痛いよ」
「知ってる」
「知ってて、減らすの」
「他に回すためにね」

マルタの声は冷たいのではない。
むしろ疲れ切っていて、冷たくする余力もない。

結局、リアは指示通りに薬を分けた。
高熱の子に少量。
老人には最低限。
そのあと、老人の娘に「できることはしています」と説明した。
その文句を口にした瞬間、自分が嫌になった。

できることはしている。
それは本当だ。
だが、できないことの大きさを隠す言い方でもある。

処置が終わったあと、リアは水場で長く手を洗った。
指先が赤くなるまでこすっても、嫌な感じは落ちない。

「間違ってないわよ」

マルタが後ろから言う。

「そうかな」
「間違いで回る現場じゃない。必要で回ってる」

必要。
またその言葉だ。
リアは振り返らずに答えた。

「必要って、便利だね」
「便利じゃないと死ぬのよ」

その返しには、反論できなかった。


帝都の夜、セシルは結局、寄稿文の下書きを書き上げていた。

短い文章だった。

「戦時において、支える手は前線だけにあるのではありません。情報を整え、不安を鎮め、社会の秩序を保つこともまた、国家を守る重要な務めです。目立たぬ持ち物であっても、その責任は確かに前線とつながっています」

整っている。
読みやすい。
そしてひどく嫌だった。

彼は最後の一文を見つめる。
前線とつながっています。
それは事実だ。
だからこそ逃げられない。
自分は安全圏にいるのではない。つながっている。
つながっていることを、文章の中では誇りに変え、心の中では罪悪感に変えている。

「出しますか」

秘書官が確認に来る。

セシルは少しだけ迷い、それから紙を渡した。

「……出して」

言い訳の形をした文章が、また一つ世に出る。
彼はそれを止めなかった。
止められなかったのか、止めなかったのか、その違いすらだんだん曖昧になっていた。


前線の夜、エーリヒは接収記録に署名していた。

乾パン何袋。毛布何枚。塩何包。
農夫の家から運び出した分だ。
署名欄に自分の名前を書く。
それだけで、今日のことは手続きになる。

彼はふと、昼の農夫の孫を思い出した。
泣かなかった。
ただ毛布が運ばれるのを見ていた。
あの視線を、彼は少し前から忘れにくくなっている。

「少尉」

ブルーノが言う。

「眠れないなら、酒をもらってきますか」
「いらない」
「じゃあ、せめてこう考えてください。全部奪わなかった。住民を撃たなかった。今日の任務としては、それで十分です」

エーリヒはゆっくり首を振った。

「十分、か」

その言葉を繰り返すと、妙に空虚だった。
十分。
生き延びるには十分。
軍の評価には十分。
良心には、たぶん足りない。

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みき

気になったことを自分の意見も交えつつ記事にしていきます。 (内容は種類にこだわらずやっていきます)

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