俳句で作る物語⑯「紅葉の名所の緑鬼」

俺は紅葉こうようの名所として知られる明良岳あからだけに紅葉もみじ狩りにやってきた。真っ赤な葉が辺り一面を覆っていて心地が良い。周りの人たちも紅葉を眺めたり写真に撮ったりと思い思いに楽しんでいる。
「きっと赤鬼の顔もこの葉っぱのように赤いんだろうなあ」
俺は独り言をつぶやいた。すると、俺の背後で声がした。
「そうだったら良いんですけどね……」
「うわっ!鬼!?」
背後を振り返った俺は思わず大きな声を出してしまった。そこには全身緑色をした鬼がいたのだ。
「鬼だって?」
「どこ!?」
紅葉狩りに来ていた他の人たちが周囲を見回している。
「ちょ、ちょっとこっちに来てください!」
そう言うと緑色の鬼は俺を掴んでものすごい速さで走り去った。ああ、食われる……。

*

気が付くと俺は山奥に入り込んでいた。
「ああ、緊張した……。人前はやっぱり慣れないなあ」
胸を押さえながら息を整える緑色の鬼に俺は尋ねた。
「まさか俺を食うつもり?」
「いえ、そんなつもりでは……。実は僕、こう見えても赤鬼なんです」
「緑色じゃないか」
「突然変異なんです……」
そう話す鬼の顔はどこか寂しそうだった。そいつは話し続けた。
「僕はここの山に住む神様に最近弟子入りしたのですが、この見た目なのでなかなか自信が持てないんです。……お願いします!僕が本当の赤鬼になれるように協力してください!」
友人の頼みなら断れないが、出会って間もない鬼に言われても困ってしまう。俺は言った。
「うーん。無理に変わろうとしなくてもいいんじゃない?」
俺がそう言うとそいつは怒りだした。
「緑色の鬼のままでいいってことですか!?それはあんまりです!緑色の鬼なんて見たことがありますか?鬼と言ったら赤色でしょう!僕は山の神様や他の赤鬼たちから”苔兵衛こけべえ”なんて呼ばれてコケにされているんですよ……。赤鬼なのに緑色だから!」
ものすごい勢いでまくし立てる苔兵衛。俺は彼のコンプレックスを刺激してしまったようだ。心づかいが足りなかった。
「ごめん、ごめんよ。俺も君が赤くなれるように手伝うよ。俺の名前は押川おしかわだ。よろしく、えーっと……」
「……苔兵衛で良いですよ。本名はちゃんとあるんですが長くて言いづらいので」
落ち着きを取り戻した苔兵衛は言った。
「よろしく、苔兵衛」
「よろしくお願いします、押川さん」
こうして明良岳に通い続ける日々が始まった。

*

苔兵衛と出会って一週間後、俺はいつものように明良岳を訪れていた。苔兵衛は相変わらず緑色のままだ。
「やあ。今日はプレゼントを持ってきたよ。唐辛子だ」
「こんにち……えっ!?まさか、これを食べて赤くなれっていうんじゃ……」
「うん」
「困ります!辛いの苦手だし!それにそんな方法で赤くなれたら誰も苦労しないですよ!」
「ごめんごめん。悪かったよ。それじゃあ大勢の人の前で褒められて赤く……ん?」
遠くの方から子供の鳴き声が聞こえてきた。目を凝らして遠くを見ると小さな女の子が泣いている。親とはぐれたのだろうか。女の子はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「パパ……。ママ……。どこ……?」
「どうしたの?」
俺は女の子にやさしく声をかけた。苔兵衛には少し離れていてもらうことにした。怖がらせてはいけないからだ。
「お名前は何ていうの?」
「晴佐久はれさく……、瑠美るみ……」
晴佐久とは珍しい苗字だ。俺はその女の子に言った。
「珍しい苗字だね。それに可愛い名前」
「のんきなことを言っている場合ですか!早く親御さんの元へ送り届けないと!」
「うわああああん!!怖いよおおおおお!!」
近づいてきた苔兵衛の姿を見て瑠美という女の子は泣き出した。
「大丈夫だよ。こう見えても優しい鬼さんなんだよー」
俺は泣きじゃくる瑠美ちゃんを必死になだめた。苔兵衛はしょぼくれている。
「ほら、しょぼくれてないで。一緒にこの子の親を探しに行くぞ」
こうして俺は苔兵衛と一緒に瑠美ちゃんの両親を探しに出かけた。

*

「えー。瑠美ちゃん、晴佐久瑠美ちゃんのパパとママはいませんかー!?」
「うう……、大勢の前だと緊張する……。瑠美ちゃんのご両親がいたら出てきてくださー…ぃ……」
「おいおい、そんなんじゃ見つかるものも見つからないぞ。もっと大声を出すんだ!」
俺がそう言うと苔兵衛は息を吸い、大声で呼びかけ始めた。
「瑠美ちゃんのご両親がいたら出てきてくださーい!どこですかー!」
おお、やれば出来るじゃないか。
こうして俺と苔兵衛は大声で叫びながら瑠美ちゃんの両親を探し続けた。周囲の人々は物珍しそうにカメラやスマートフォンをこちらに向けている。
「あっ、写真撮影はご遠慮ください!」
俺は慌てて瑠美ちゃんを撮られないように遮った。苔兵衛はともかく、迷子の女の子を勝手に撮らせてはいけない。俺は瑠美ちゃんの両親を探して叫び続けた。
「瑠美ちゃんのパパとママはいませんかー!?」
やがて……。
「瑠美!」
「あっ!パパ!」
瑠美ちゃんの両親がこちらに向かって走ってきた。
「きゃあ!鬼!瑠美から離れてっ!」
瑠美ちゃんの母親が叫んだ。苔兵衛は飛びのいて少し離れた。
「ママ!この鬼さんは瑠美と一緒にパパとママを探してくれたんだよ!」
「えっ、そうだったの……?そうとは知らずにごめんなさい」
瑠美ちゃんの母親は苔兵衛に謝った。
「いえ、いいんですよ」
そう応える苔兵衛は今までのおどおどした感じではない。にこやかな笑顔を見せている。自信がついたのだろうか。
「よかったよかった」
「あの鬼やるじゃないか!」
「素晴らしいよ!」
周囲から歓声とともに拍手の音が聞こえてきた。苔兵衛は褒められて嬉しそうだったが、相変わらず緑色のままだった。大勢の前で褒められても赤くはならないか……。

*

あの出来事から数日後、俺は苔兵衛の元を訪れていた。
「なかなか赤くならないなあ……」
「もういいんですよ。無理に赤くならなくても」
苔兵衛の予想外の発言に俺は驚いた。あんなに赤くなることにこだわっていたのに……。
「おいおい、諦めちゃうの?」
「いえ、そういうわけでは……。ただ、あの一件で自信がついたんです。今までは緑色のままの自分に自信が持てなかったのですが、このままでも個性的でいいんじゃないかって思えるんです。赤鬼の中に混じる緑鬼ってのもなかなかオツなものでしょう?」
そう話す苔兵衛の顔はどこか満足そうだった。

あとがき
松永貞徳まつながていとくの俳句「鬼の顔もかく赤からし紅葉狩」に着想を得て、この物語を作りました。皆さんも紅葉狩りの際は周囲を見回してみてください。もしかすると緑色の鬼がでてくるかもしれません……。

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陽狩

陽狩(ようしゅ)と申します。俳句に関する記事などを書きます。俳句に少しでも興味を持ってもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。

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