アナタの忘れ物は夢ですか? 3

 朝の身支度を終えて幸を待っていると、慌てた様子でやってきた。

「じゃ、出るか」

 家から出て近くの公園までやってくると、ベンチに座ってぼうっとする。公園と言っても遊具があるタイプの公園じゃなく、そこそこ広めの散歩とかによさそうな公園だ。夏の暑い日だからか、公園には人がまばらにいる。

「幸はどこか行きたいとことかあるか?」

 どこかをじっと見つめている幸に声をかけると、はっとした顔をして振り返った。さっきから何見てるんだ? と聞いてみると、すっと何やら絵を描いている人を指さす。

「あぁ、たまに見るな、あの人」

 そんなに珍しいことでもないだろうと気にしたこともなかった、それに昔の俺だったら声をかけたかもしれないが、今の俺からしたらあまり関わりたくないタイプだ。

「絵、もう描かないの?」

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、幸がおずおずと聞いてきた。ズキズキと胸の奥が痛みだし、それを気取られまいとして、絵下手だから、とヘラヘラと笑った。

「あんなに好きだったのに?」

 まだ小さいころ、少し人に褒められたくらいで、絵を描き始めた。描けば描くほどうまくなったし、なによりもまず、絵を描くのが楽しかった。でも今は……、ずぶずぶと思考の沼にはまっていくのが分かる、慌てた幸の声が聞こえ我に返った。

「別に嫌ならいいの、また別の何か、見つけよう?」

 幸は俺を励まそうとしているのか、それとも傷つけようとしているのか分からない、一つ分かったことと言えば彼女が俺の何の感情か、ということだけだ。多分、彼女は俺が諦めた夢だろう。謎の自信に満ち溢れ、何でも出来る気がしていたあの頃の、今はもう見る影もないようなそんなものだ。

「別の何かね」

 ふんと鼻で笑うと、少しだけ幸と距離を取る。上には上がいる、何事にも、何かを目指そうとしたら、何かになろうとしたら、そんな上にいる奴らとも戦わなきゃいけない。個性がどうだ、その人らしさが大事だ、なんて言えるのはきっと挫折を知らない幸せな奴らだ。

「絵じゃなくたっていいんだよ、この世界にはたっくさんの選択肢があるんだから」

 眩しいくらいの笑顔を向ける幸を見ていると、その対比で更に俺の心は暗く黒く染まっていく。自分から一番遠い感情が、ってのも本当だな、今の俺は夢も希望もない、ただ生きていくだけ、嫌なことさえなければいい、嫌な人や物さえ近づかなければいい、平穏無事でいれればそれでいい、それだけでいいのに、ふつふつと怒りがわいてくる。

「昨日今日しか生きてないお前に言われたくないね」

 ベンチから立ち上がると、幸を置いて公園から出ていく。慌ただしい足音から逃げるように走り出すと、気付いたらいつも行っているコンビニへと来ていた。

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猫人

はじめまして、猫人と申します。映画鑑賞、小説を書く事、絵を描く事、ゲームするのが好きです。見たり読んだりするのはオカルト関連ですが、執筆するのはSFと言うなんとも不思議な事がよく起こっています。ダークだったり、毒のある作品が大好きです。

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