ありふれた日常に訪れた一通の手紙。

ある日僕のもとにとある人から手紙が届いた。

その手紙の宛名はどこか見覚えのある名前だったが、記憶を探索してもどうしてもぼやけてしまって思い出せない。

“高松那奈”。名前から察するに女性の様である。

中を開いてみるとこう書いてあった。

「私を覚えていますか? 090-****-****」と言う内容のメッセージと電話番号だけ書いてあった。

最初僕は、この手紙はたんなるいたずらなのかもしれないと思った。

しかし、気になった。

何故なら、僕の住所をどこで知ったのか不思議だったからだ。

翌日、僕は仕事で職場に行った。

そして、昼休憩で昼食を食べ、煙草を吸うために喫煙所に行った。

そこで煙草仲間の時川さんに昨日の件を話した。

「なぁ時川。昨日いたずらかもしれない手紙が届いたんだよ。」

「しかも、文末に電話番号まで書いてあってさ。」

「少し不気味な感じがしない?」

「そうなんだ。なんか返信したのか?」

「いや~、いたずらかもしれないし、とりあえずスルーしてる。」

「ショートメールで何かメッセージでも送ってみればいいんじゃない?」

僕はその日帰途に着いた。

居間のソファーに座り煙草に火を点けた。

そして、例の電話番号にショートメールを送ろうと思った。

何と送ろうか迷ったが、3分位考えてこう送ろうと思った。

「僕は貴女様の事は覚えてはいません。どのようなご用件だったのでしょうか?」

しかし、その日返信は来なかった。

わざと返さなかったのか、あるいは返す時間がなかったのかは分からなかった。

翌日、僕は職場に向かった。

そして、煙草仲間の時川さんと雑談するために喫煙所に向かった。

「昨日例の女にショートメール送ったんだけど返信来なかったんだ。」

「ただのいたずらだったのかな?」

「でもお前の住所知ってたから手紙が届いたんだろ?」

「どんな要件か知らないけれど、お前と接触したいから手紙を送ってきたんじゃないのか?」

「もうちょっと待ってみたらどうなんだ?」

と、言われた。

僕は会社の帰り道に寄り道をした。

高松那奈という名前は覚えてはいないが、高松という名前はどこかで見たような記憶があったからだ。

その場所は柏木通りの2丁目にある美容院だ。

その美容院の従業員に高松という名前の女性がいた事を思い出したからだ。

そして、その美容室に要件を話に出向いた。

「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」

「いえ、少しお話したい要件がありまして参りました。」

僕は事情を説明した。

そうするとその従業員はこう返してきた。

「確かに”高松那奈”という従業員はいましたが、退職しました。」

「今はどこで何をしているのかまでは私共には分かりかねます。」

僕は確信した。やはりあの人だ。

以前一度だけ髪を切ってもらったことのある女性だ。

僕のマンションの住所を知ったのはきっと名簿を見て知ったのだろう。

クレームを出そうか迷ったが、やめることにして美容院を出た。

自宅に着き、僕は煙草を吸った。

今日は電話をかけてみようと思った。

未だに返信はこない。

気になるので電話をかけた。

しかし、その電話には出なかった。

仕方ない。今度は手紙をこちらから書いてみようと思った。

あちらの住所が書いてあったか手紙を見たが、幸いな事に書いてあった。

僕は煙草をもう一本、思考する時によくする吸い方に変えた。

それは肺に直接煙を入れるのではなく、微妙に口に煙をためながら最後に肺に少しだけ入れる吸い方や、あるいは少しだけ煙を吸い込み、少しだけ肺に入れる吸い方。また、肺に入れるタイミングを小刻みに吸い込む吸い方。

僕の中では”シンキングスモーク”と名付けている。

肝心の手紙の内容は骨子だけ決まった。

要件。住所をどこで知ったのか。これからどうしていきたのか。

僕は手紙を書き始めた。

「高松さんお手紙ありがとうございます。高松さんが私の住所をどこで知ったのかは分かりませんが、高松さんがお手紙を出す動機はあったはずです。お手紙が届いてからショートメールやお電話をかけてみましたが、応答がありませんでした。何かしらの理由があったにせよ何か返信を頂けると嬉しいです。」

と書いた。

すると数日後、こんなショートメールが返ってきた。

「わざわざお手紙ありがとうございます。最近少しばかり体調を崩しており、返信できずじまいでした。」

「一度私とお会いしませんか?都合の良い日にちを教えて頂けると嬉しいです。」

と書いてあった。

僕は返信を一時保留にした。

この女性は僕に会いたがっている。

どのような理由なのかまでは分からないけれど、好意を持っているのは雰囲気で伝わってくる。

僕は会うことに決めてこう返信した。

「分かりました。今週の土曜日はいかがでしょうか?」

そのメッセージを送ってからすぐに返信はなかった。

夜になり、僕がコンビニエンスストアでお酒を買いに行こうとしている時に携帯の通知音が鳴った。内容はこうだ。

「分かりました。それでは土曜日に柏木通りにある銅像の前に11時に待ち合わせでいかがでしょうか?」

「分かりました。」

数日後、土曜日が来た。11時に柏木通りの銅像の前に着いたがまだ誰も来ていない。

その後5分経ったがまだ来ない。

やはりいたずらだと諦めて帰ろうかと思ったが、遠くから女性が一人歩いてくるのが見えた。

20メートル。10メートル。僕に近づいてくるにつれ段々と輪郭がはっきりしてきた。

そして、遂には顔が見えるくらいに近づいた。

この人が”高松那奈”さんだろうか。

「遅れてすみません。私が高松那奈です。」

僕は不思議な感覚を覚えた。

それは顔より声に聞き覚えがあると感じたことだ。

「私のこと覚えていますか?」

「今思い出しました。美容師の方ですよね?」

「はい。でも今は違うことをしています。」

「何故僕にあの様な回りくどいことをしたのですか?」

「お会いして一言お礼を申し上げたかったからです。貴方様は覚えていないかもしれませんが、私が新人の頃。仕事中私を励ましてくれた事、そして元気を分け与えてくれたこと。私は当時新人で辛い時期でした。でも、貴方様が救ってくれた。だからその恩を返すためにもずるいことをして貴方様の住所を調べて、直接お礼を言いたかったのです。」

「あの時はありがとうございました。」

「何年前の出来事だったか覚えていなかったけれど、高松さんに言われて何となく思い出しました。」

「あの時の高松さんは辛そうだったから、放っておけなかったんです。」

「でも僕の言葉が貴方を救えたのなら幸いです。」

そして二人は歩んで行った。

これから先、何気ない一言が人を救うことがあることがあるかもしれないということを噛みしめながら。

そしてその更に先にあるのは、人への思いが根底にあることでもあることも。

だから僕は思う。

人は時には支え、更に、時には支えられる存在である。そして互いに幸に向かって歩んでいくのではないのだろうかと。

僕は歩む。

高松さんも歩む。

互いの、そして叶うならば皆の幸を願いながら・・・。

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花の母としての気持ち

初めまして。花の母としての気持ちと申します。 好きな人物を模写、デザイン、詞、小説を書くのが好きで麻雀も好きです。 普段手が空いている最中にやっていることではまっている事はリズムを心の中で刻んだり、即興で簡単な歌を作って 鼻歌を歌ったりする事。 苦手な事は、面倒くさい作業をすること。これは今克服しようと努力している最中です。 どうぞよろしくお願いします。

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