・横山典弘=1986年3月1日、中山競馬場の第2レースでデビュー!1年後輩に武豊騎手がいます。
・典さんの言葉に「面白いもの見れたろ?」というのがある。もしかしたらそれはこれから書くことの中にあるかもしれないし、普段のレースの中のことかもしれない。
・2026年3月8日にマイユニバース号にて、JRA歴代2位の「3000勝」を達成した 横山典弘騎手(58歳) は非常に興味深い騎乗(きじょう)をする事で有名でもあります。
やはり外せないのは「典(のり)ポツン」でしょう!
・競馬の多くは、ゲートを出てから前方や中団、中段より少し後方に位置取りしますが、横山典弘騎手は稀にとんでもない騎乗をするのです!もの凄い大逃げを「打ったり」はたまた、えっ?そんなに後ろに下げるの?というくらい後ろに下げるポツンをやったりします。
・馬券を買う人からすると「典(のり)ポツン」は嫌がられるのですが、絶対に逃げ切れないという程の大逃げを打ち、単勝70倍以上(100円が70倍)の人気薄の馬「イングランディーレ」で天皇賞(春・GⅠ・3200m)を大逃げで勝ってしまったりと、何をするか分からない騎手!そう、だからこそ面白い。
後方ポツンも!
・典さんは後方ポツンもする事があり、馬券を購入した人からするとまたポツンだよ…と言われる程。特に後方ポツンは短距離の1200mのレースでもやるので、観てる方はハラハラどころか、諦めの境地。でもそこから勝つの?!となります。正直、逃げも後方ポツンも勝率は良くありません。ただポツンが決まった時には「横山典弘」にしか出来ない騎乗!と言われる程。時に競馬はそのくらい思い切った騎乗をしないと、ただゴールするだけの競馬になってしまう事も。
・最近では2026年4月5日(日)、阪神第7レースでマテンロウブレイブが後方ポツンから大外を回しスピードをのせ、後方一気(最後方から直線だけで抜き去る時に使われる)で全馬抜き去り勝利を納めています!(離れた位置に典さんがいても周りの騎手からは見えませんからね😦)
・典さんいわく、同じ騎乗をしても同じ様な結果にしかならないのなら違う騎乗をしてみるしかないだろう?競馬は(騎手の作戦も)ギャンブルなのだから!と自分自身の事もギャンブルと言う程 (+_+)?
横山典弘の強烈なin差し!
・横山典弘騎手には子供が3人おり、横山和生(かずお)と横山武史(たけし)の二人が現役のトップジョッキーとして活躍しています。
・少し前のレースになりますが、2023年9月9日の紫苑(しえん)ステークスでモリアーナ号を駆り勝利している。残り50m付近では武史の駆るヒップホップソウル号の勝ちかぁ?というところから、親父(典さん)が馬群の中から一気にゴール前で捕らえた!このin突きの騎乗は、どこから飛んで来た?と言われる程!この紫苑ステークスを横山典弘騎手の一番の騎乗と挙げる人も。
典さんとダノンデサイル号
・ダノンデサイルは典さんが調教師や厩舎と一緒に育成してきた馬だった。2024年の三歳馬でしか出走出来ないクラシック第1戦・皐月賞(GⅠ)。ゲート前までダノンデサイルを軽く走らせて来たところ、典さんはデサイルは脚に故障がある様だ。と調教師へ助言。調教師としては皐月賞に合わせて仕上げてきた馬、出走させたいのが本音。だが調教師はここで典さんの助言を聞き入れ大きな決断をし、皐月賞を回避している。
・皐月賞を回避したのち、二度の検査でダノンデサイルの脚に僅かな骨折が判明する。恐らく皐月賞を強行出走していたらダノンデサイルは予後不良(殺処分)になっていた可能性が高い。ベテランでもそうそうGⅠを回避する様な事は言えないものだが、典さんは若い頃に予後不良になってしまった馬に騎乗していて、馬の事を一番に考える騎手になった。
・皐月賞を回避したダノンデサイルは、クラシック第2戦・日本ダービーに間に合った。十分な休養も取れたダノンデサイルは非常に状態が良く、日本ダービーを制する!横山典弘56歳3カ月。武豊騎手が持つ日本ダービー最高齢勝利ジョッキー(騎手)を更新した!
メジロライアンという典さんが大切にした馬!
・典さんが若い頃に非常に大事にし、でもまだイケイケだった頃の馬!メジロライアンはなんとあのオグリキャップ(1988年、笠松競馬場からJRAへ)とも走った事がある時代の馬なんですよ!
・典さんとメジロライアンは3歳未勝利戦(1989年10月29日)から出会い主戦騎手となる。皐月賞・日本ダービー・菊花賞にも出走し、結果は、2着・3着・2着と1着こそ取れなかったものの、常に上位で争った馬でした。
・メジロライアンは引退までGⅠレースは宝塚記念の1勝のみだったが、世代的に馬だけでなく騎手も「群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)」という言葉が合う時代!ベテラン騎手に強い馬が行く競馬の世界で、若い典さんのこの成績は素晴らしいとしか言いようがない!
・典さんが若い頃は、ライアンが一番強い馬!と語っていたが、一番ではなかったんだよな…とのちに語る。しかし典さんのライアン愛は凄いもので、メジロライアン(29歳)が亡くなった時には、ライアンの墓は自分が作る!とメジロライアンのお墓代を全額負担したほど!雨の中の葬儀にも出席した。いいですよね、馬が引退しても一人の騎手がここまでの想いを持っているって…。
横山典弘騎手!という事で、ウマ娘のヒットもあり個性(奇行?)のあるゴールドシップを思い出した人もいたと思いますが、ゴールドシップの事を書くと更に話が長くなるので、今回はこの辺りにしておきましょう。それにゴールドシップを抜きにしても話題の多い騎手なので。(/≧▽≦)/
