こんにちは、しばらくぶりに記事を書く訳ですが、
最近観た、心が揺さぶられたアニメの感想文を記します。
『アニメ・あかね噺を見て感じたこと』
私はアニメ『あかね噺』の第十一話まで視聴した。
この話では、主人公あかねが、父親を破門にした因縁の落語家・一生師匠と対談する
場面が描かれていた。最初は厳しく冷たい人物に見えていた一生師匠だったが、
話を聞いているうちに、落語という伝統芸能を守る立場としての責任感を強く感じた。
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一生師匠は、真打になる人間は「頑張っているから応援される」のではなく、
「この人なら安心して任せられる」と思われる存在でなければならないと語った。
これはとても厳しい考え方だが、私は正論だと思った。
なぜなら、プロとしてお金を払って見に来るお客さんに対しては、
努力や苦労ではなく結果や芸で応えなくてはならないからだ。
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また、この話では兄弟子から「あかねの落語は声であって言葉ではない」と指摘される
場面もあった。この言葉を聞いて、私の好きな歌のことを思い出した。
歌もただ音程を合わせて上手に歌うだけでは、人の心には残らない。
本当に人の心に響く歌は、歌詞の意味を理解し、自分の気持ちを込めて
歌われているものだと思う。
落語も同じで、ただ噺を覚えて話すだけではなく、その言葉の意味や
登場人物の気持ちを理解して伝えることが大切なのだと感じた。
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さらに印象的だったのは、可楽杯優勝後の打ち上げの場面である。
落語家は噺だけではなく、歌や踊りなども身につけ、一人前を目指していることがわかった。
また、一門の仲間たちが互いに認め合い、称え合う様子は本当の家族のようで温かかった。
特に、「寿限無」の理解を深めるために協力してくれた先生を招待する場面には、
人への感謝を忘れない粋な心を感じた。
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私はこの作品を通して、伝統芸能は厳しい世界である一方で、人情味にも
あふれていると感じた。
しかし、人情があるこそ難しい面もある。
身近な人を助けたいという気持ちがあっても、芸の世界は実力を公平に評価しなければならない。
一生師匠もきっと個人的な感情だけではなく、落語という文化を未来に残すために
苦しい決断をしたのだろう。
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『あかね噺』は落語の話でありながら、努力とは何か、プロとは何か、
人に何かを伝えるとはどういうことかを考えさせてくれる作品だと思う。
私も歌が好きだからこそ、「上手にやること」と「人の心に届けること」の違いを忘れずに、
自分なりに表現することを大切にしていきたい。
そう感じさせてくれる、とても印象的な回だった。
おしまい 最後までお読みいただきありがとうございました。
