僕はいつものように下駄箱を開けた

「最愛のあなたへ

 この手紙、もう見つかっちゃったんだ。まさかこんなに宛先を大きく書いたのに、他の人が開いたりしてないよね?もしそうだったら本当に恥ずかしいので今すぐもとに戻して、絶対に見ないでください。

 えへへ、じゃあここからは君が読んでることにして書こうと思います。

 今時、手書きの手紙なんてどうなのかなって思ったんだけど、その方がなんだか気持ちがこもるし、私の書いたものって感じがするから、頑張って書きます。長くなったらごめんね。

 とは言っても実は、何を書くか、ちゃんと決めてなかったや。どうしようかな。どうせなら、君にしか伝わらない話を書きたいから、まずは君とのなれそめの話にしようか。

 君、初対面だったのにいきなりぎゅっと手を握ってきたよね。私、びっくりして叫んじゃって、警察沙汰になったからすっごく大変だった。君は呆れるくらいおどおどしながら、『一目ぼれだったんです!いなくなったらもう会えないと思ったから思わず掴みました!』って大声で何回も主張して。私恥ずかしくってもう真っ赤になっちゃった。最後は私がもういい~!って言って、お開きになったんだっけ。

 でも、そのあとも二人で押し問答したよね。あなたが好き、そんなわけないよ嘘つき、って、何回も言い合った。で、私がやけくそになって、『じゃあ私を幸せにして見せてよ!』って言ったの。我ながらすごいこと言っちゃったなあ。そしたら君、真顔で『分かりました、じゃあまず名前を教えて下さい』って。私、警察で何回も聞いたはずなのに、なんだか律儀だなあって、ちょっときゅんとしちゃったんだ、あの時。えへへ、実は、その時からもう好きでした。

 それから、ええと、色んなことがあったね。二人で初めてのデートに行った。君の学校帰りに、駅近くの喫茶店。君は緊張して味が分かんないってはにかんだよね。すごく可愛くて、また君を好きになった。まあ私は久々においしいって思いながらがつがつ食べちゃったけど。

 ふたりともあんまりお金がないから、ウィンドウショッピングもたくさんしたね。卒業して、働き始めたらなんでも買ってあげるって、君豪語してた。若いなあって、ほほえましかったよ。

 バイト代貯めて、映画にも連れて行ってくれたよね。バカみたいな、ひたすら笑えるだけの映画。私最初は恥ずかしくて、笑わないように我慢してたけど、君が隣であんまりにも笑うから、つられて笑っちゃった。そしたらもう止まらなくなっちゃって。そしたら映画終わった後さ、君がこっちをみて言ったんだ。やっと笑ってくれた、って。きっと、ううん、絶対、世界で一番優しい笑顔だった。私、覚えてる。絶対忘れない。

 あれもこれも、って思いつくけど、手が痛くなっちゃいそうだから、思い出はこのくらいにしておきます。でも、私全部覚えてるよ。君とやったこと。話したこと。笑ったこと。その全部。

 今まで忘れたいことばかりの人生だった。でも君と出会ってから少しずつ、少しずつ世界が変わっていった。毎日好きがあふれていって。毎日色があふれていった。世界ってこんなに綺麗だったんだってこと、君が教えてくれた。

 あの時そのまま落っこちてたら、絶対に分からなかったよ。あの時、駅のホームから落ちようとした私の手を、君が掴んでくれなかったら。掴んでくれたのが、君じゃなかったら。

 君は、私に幸せを教えてくれたね。私、好きを知って、本当に幸せになれた。ううん、なれた、じゃないな。幸せ。今この瞬間も、幸せだよ。

 だからね、私もあなたに恩返しをしようと思います。

 今まで、本当にありがとう。

 食べ物がおいしいってことを教えてくれて、ありがとう。

 外を歩くことが怖くないって教えてくれて、ありがとう。

 笑うととっても楽しいって教えてくれて、ありがとう。

 世界は美しいって教えてくれて、ありがとう。

 君を好きになると幸せになれるんだね。

 私、本当に幸せです。 

 だから、これからは、あなたはあなたのために生きてください。

 私の手を取ってから、大変だったよね。

 優しい君だから、私のこと放っておけなかったんだって、今ならよくわかります。一生懸命、私を生かそうとしてくれたね。優しい君に、いっぱい嘘をつかせちゃってごめんなさい。君が本当に好きな人に向ける言葉を、いっぱい私に言わせちゃった。これからは、ちゃんと本来の誰かに言ってあげてね。

 私のことは心配しないでね。

 だって私、最後の瞬間まで君が好きで、本当に幸せだから。

 それじゃあ、さよなら 」

 走る、走る、走る。下駄箱に入っていた手紙を握りしめて、ただひたすらに走る。

 行先なんて分かり切っていた。

 馬鹿だ、あのひとは本当にバカだ。なにが本来の誰かだ。なにがいっぱい嘘をつかせただ。僕は——本当に君のことが大好きだったのに。

 嘘なんか一つもついてなかった。一目ぼれだった。駅のホームでうつむく君の横顔が綺麗だった。初めて知ったみたいにおいしい、っていう君が可愛かった。マフラーをゆらめかせて僕を呼ぶ君が、愛らしかった。笑う君が、愛しかった。

 世界は、君がいるから美しいのに。君と一緒で、ほんとうに、幸せだったのに。

 転がるように階段を降りる、喧噪をかき分けてホームに入る。

 もう一度手を握ってバカヤロウ、大好きだ。って言ってやりたい。

『遺言書(ラブレター)』

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明日照

Aster、アステル、星。明日照る星になりたい、わたしです。 その時々の気持ちを絵や文で表していきます。

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