英米の医療保険制度と比較することで見えてくる、日本の国民皆保険制度の重要性

アメリカとイギリスの医療保険制度の比較と、日本の国民皆保険制度の卓越性

近年、世界各国で医療保険制度改革の議論が活発化しており、その動向は国内外を問わず注目を集めている。今回は、特に議論の対象となりやすいアメリカとイギリスの医療保険制度を詳細に比較検討し、それぞれの制度の特色と課題を明らかにする。その上で、日本の健康保険制度、とりわけ国民皆保険制度の卓越性を改めて強調し、アメリカにおける医療アクセスの困難さについて、より深く掘り下げて考察していく。

アメリカの医療保険制度:複雑怪奇な迷宮と高額医療費

アメリカの医療保険制度は、民間保険が基軸となる多層構造を特徴としている。国民の多くは、雇用主が提供する団体保険を通じて医療保険に加入している。しかし、この団体保険は企業規模や業種、雇用形態によって内容や保険料が大きく異なり、加入者間の格差を生み出す要因となっている。

さらに、個人で加入する個人保険、低所得者向けの公的医療扶助制度であるメディケイド、高齢者向けのメディケアなどが複雑に絡み合い、制度全体を理解することを困難にしている。オバマ政権下で導入された医療保険制度改革法(ACA: Affordable Care Act)は、保険加入義務化や保険市場の整備を通じて無保険者数の減少に貢献したが、依然として多くのアメリカ国民が十分な医療保険に加入できていない現状がある。

アメリカの医療制度が抱える根深い問題は、異常なまでに高額な医療費である。先進諸国と比較しても突出して高い医療費は、国民生活を圧迫し、経済破綻の要因ともなっている。医療費高騰の背景には、製薬会社や医療機器メーカーの価格設定や高度な医療技術の開発と普及、複雑な保険制度による管理コストの増大、営利追求型の医療機関の存在など、複合的な要因が絡み合っている。

高額な医療費は、無保険者やアンダーインシュアード(保険内容が不十分な人々)にとって深刻な問題となる。病気や怪我をしても医療機関への受診をためらったり、必要な治療を中断せざるを得ないケースも少なくない。予防医療へのアクセスも妨げられ、病気の早期発見や重症化予防が遅れることで、結果的に医療費が増大するという悪循環も生じているのだ。

イギリスの医療保険制度:国民保健サービス(NHS)の理想と現実

イギリスの医療保険制度は、国民保健サービス(NHS: National Health Service)によって運営される公的医療制度である。NHSは、第二次世界大戦後の社会再建期に、「ゆりかごから墓場まで」のスローガンのもと、普遍主義と公平性を理念として設立された。

NHSの財源は、主に税金であり、イギリス国民は原則として無料で医療サービスを享受できる。GP(General Practitioner:一般開業医)制度を基盤とし、プライマリケア、セカンダリケア(専門医)、ターシャリーケア(高度専門医療)を一貫して提供するシステムとなっている。患者は、まず身近なGP(一般開業医)を受診して、必要に応じて専門医や病院を紹介される流れが一般的である。

NHSは、国民の健康水準の向上に大きく貢献してきた一方で、近年は様々な課題に直面している。慢性的な財政難、医師や看護師の人材不足、高齢化、医療技術の高度化など、複合的な要因がNHSの運営を圧迫している。その結果、外来や手術の待ち時間が長期化し、患者満足度の低下を招いている。

また、NHSは官僚主義的な組織構造や硬直的な予算配分、地域間の医療資源の偏在など、構造的な問題も抱えている。近年では、民間委託競争原理の導入など、NHS改革の試みも行われているが、その効果や影響については賛否両論がある。

参考までに、以下の表を確認して欲しい。

アメリカとイギリスの医療保険制度:詳細な比較

項目アメリカイギリス(NHS)
制度の主体民間保険中心公的医療(国民保健サービス)
財源保険料、自己負担、税金(メディケイド、メディケアなど一部公的保険)税金
保険加入任意加入(ACAにより一部義務化も、抜け穴も多い)強制加入(国民全員)
医療費突出して高額原則無料(処方箋料など一部自己負担あり)
医療へのアクセス保険加入状況、経済状況、居住地域によって大きく左右される。救急医療は保証されるが、継続的なケアや予防医療は困難な場合も。原則として平等。GP登録により、居住地域に関わらず医療サービスを受けられる。ただし、待ち時間や地域医療格差は存在する。
医療の質高度な医療技術、最新医療へのアクセスは比較的容易。医療機関や医師の選択肢は豊富。一定水準以上の医療を提供。GP制度によるプライマリケアが充実。専門医や高度医療へのアクセスはGPの紹介が必要。
制度の効率性管理コストが非常に高く、制度全体の効率性は低い。管理コストは比較的低いが、官僚主義的な側面も。
患者の選択の自由度医療機関、医師の選択は比較的自由。保険の種類によってはネットワーク制限あり。GPは選択可能だが、専門医や病院はGPの紹介による制限あり。
課題高医療費、無保険者・アンダーインシュアード問題、制度の複雑性、医療格差、営利主義財政難、待ち時間長期化、医師・看護師不足、高齢化、地域医療格差、官僚主義
制度の持続可能性高い医療費が国家財政を圧迫。制度改革の必要性が常に議論されている。財政難が深刻化。効率化、民間活用、制度改革が模索されている。
制度の理念個人の自由と責任、市場原理公平性、普遍性、連帯

日本の健康保険制度:国民皆保険という誇るべきシステム

日本の健康保険制度は、国民皆保険を最大の特色としている。国民は、国民健康保険被用者保険(健康保険組合、協会けんぽ、共済組合など)後期高齢者医療制度のいずれかに加入することが義務付けられており、全国民が何らかの公的医療保険に加入している。

日本の医療保険制度は、社会保険方式を基本とし、保険料、税金、事業主拠出金が主な財源となっている。医療機関を受診する際の自己負担は原則として3割(年齢や所得に応じて異なる)であるが、高額療養費制度により、自己負担額には上限が設けられている。また、医療費助成制度も充実しており、難病患者や特定の疾患を持つ患者の医療費負担を軽減する仕組みも整備されている。

日本の国民皆保険制度は、以下の点で世界的に見ても卓越したシステムであると評価できる。

  • 国民皆保険の達成: 全国民が医療保険に加入し、無保険者が存在しない。これにより、誰もが安心して医療サービスを受けることができる。
  • 医療費の抑制: アメリカやイギリスと比較して、医療費は比較的低く抑えられている。高額療養費制度により、家計破綻を招くような医療費負担は回避できる。
  • 医療への容易なアクセス: 全国どこでも、比較的容易に医療機関を受診できる。都市部だけでなく、地方やへき地にも医療機関が整備されており、地域間の医療格差も小さい。
  • 患者の自由な選択: 患者は、原則として自由に医療機関を選択できる。かかりつけ医を持つことも、専門医を受診することも、患者の意思で決定できる。
  • 高い医療水準と国民の健康寿命: 日本の医療水準は世界トップレベルであり、国民の健康寿命も世界最長水準である。国民皆保険制度が、国民の健康維持・増進に大きく貢献していることは疑いがない。

アメリカにおける医療アクセスの難しさ

一方、アメリカでは、国民皆保険制度が存在しないため、医療アクセスは経済力保険加入状況に大きく左右される。無保険者やアンダーインシュアード(不十分な保険加入者)は、医療費の高さから必要な医療サービスを諦めざるを得ない状況に追い込まれている。

例えば、風邪やインフルエンザなどの一般的な疾患であっても、医療機関を受診せずに市販薬で済ませたり、自然治癒に頼ったりするケースが多い。慢性疾患を抱える患者にとっては、継続的な治療や定期的な検査が経済的な負担となり、病状が悪化するリスクも高まる。

手術や入院が必要な重篤な疾患の場合、医療費は数百万円、数千万円に及ぶことも珍しくない。保険に加入していても、自己負担割合が高ければ、高額な医療費を支払う必要がある。医療費を支払えずに自己破産するケースや、クラウドファンディングで医療費を募るケースも後を絶たない。

アメリカの医療制度では「医療は権利ではなく商品」という考え方が根強く、経済力のない人々は十分な医療サービスを受けられないという不安が常に存在する。これは、社会全体の健康水準の低下や社会不安の増大にも繋がる深刻な問題である。

日本の国民皆保険制度を堅持し、更なる発展を目指して

アメリカとイギリスの医療保険制度は、それぞれ異なる歴史的背景、社会思想、制度設計を持っている。アメリカの民間保険中心の制度は、自由主義的な価値観を反映している一方で、医療費高騰や医療格差という深刻な問題を抱えている。イギリスのNHSは、公平性と普遍性を追求する理想的な制度であるが、財政難や待ち時間などの課題に直面している。

これに対して日本の医療保険制度は、国民皆保険、医療費抑制、医療へのアクセスの良さ、患者の選択という点でバランスの取れた、世界に誇るべきシステムである。もちろん日本でも高額療養費制度の自己負担割合の見直しが課題となるなど、現状様々な課題に直面していることも確かだ。高齢化の進展や医療費の増大、地域医療の崩壊など、解決していかなければならない問題は山積している。

今後、日本の国民皆保険制度を維持し、更なる発展を目指すためには、医療費の適正化医療の効率化地域包括ケアシステムの構築予防医療の推進など、多岐にわたる改革が必要となるだろう。国民一人ひとりが、日本の国民皆保険制度の価値を理解し、制度を支え、より良いものにしていく意識を持つことが重要である。

おわりに : 映画で学ぶ各国の医療保険制度

今回は、英米の医療保険制度と両国の国民が置かれた現状と比較することで、我が国の健康保険制度が如何に恵まれたものであるかを学んできた。この記事でアメリカの医療保険制度に疑問や関心を持った人には、マイケル・ムーア監督の映画「Sicko – シッコ -」をお勧めしたい。この映画では、記事で取り上げなかったカナダやフランスの医療保険制度とアメリカとの比較も行われているので、より広い視点から各国の現状が学べるはずだ。無機質に情報を並べただけの記事とは違い、アメリカで病を患った人々の生々しい現状を知ることができる。できれば全国民に見て欲しい映画だ。

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青山曜

過去には経済やお金に関するコラムを中心に書いていました。現在は英語学習系の記事やコラムを執筆中です。一緒に楽しく勉強して行きましょう!

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