こんにちは。ラーメン君です。「障害を持って生きるということ」第7回の後編になります。今回のテーマは「パラリンピックがもっと大きくなるために!」ということで、前回は前編を書きました。もともとは1つの記事で今回のテーマを終わらせる予定でしたが、記事を書きながらいろいろなことが分かってきました。その中で、「デフリンピック」という聴覚障害者の方々のスポーツの大会の存在を知りました。そしてすぐに、「パラリンピックがあるのに、なぜデフリンピックが存在するのだろう?」という疑問がわいてきました。そして今回の記事を書くにあたり、調べていく中でいろいろなことがわかってきました。後編ではこのデフリンピックの話を中心に記事を書きたいと思います。宜しくお願いします。
1.前編のおさらい
前編の記事をご覧いただいていない場合には、お時間があれば前編の記事をご覧いただけると嬉しいです。
2.デフリンピックとは?
デフリンピックは4年に1度おこなわれる、聴覚障碍者の方々のためのスポーツ大会です。夏季と冬季の大会があり、国際ろう者スポーツ委員会が主催しています。参加者が国際手話でコミュニケーションを取ります。
デフリンピックの前身の大会が、1924年に設立された国際ろう者スポーツ同盟が、同年にパリで開催した「第1回国際ろう者スポーツ競技大会」だそうです。一方、パラリンピックの前身となる大会は、1948年にイギリスのストーク・マンデビル病院で行われたのが始まりと言われ、デフリンピックの方が古い歴史があります。2025年の夏季大会を東京での開催を目指して動いているようです。
3.なぜパラリンピックとわかれているのか?
障害者の国際的なスポーツ大会であるパラリンピックに聴覚障害者の方々が参加せず、デフリンピックが存在しているのでしょうか?簡単に言えば、ICSD国際ろう者スポーツ委員会が国際パラリンピック委員会に参加していないからです。1995年に脱退している状況のようです。ではどうして脱退してしまったのでしょうか?
4.障害の違い
聴覚障害者の方々は、外見からは障害者であることがわかりにくい場合もあります。そのためになかなか理解されずに、支援も受けにくい状況のようです。パラリンピックに参加している障害者の方々は、身体に何らかのハンデがあるために状態によってクラス分けなどもあり競うことがあります。しかし聴覚障害者の方々は、身体能力は健常者の方々と基本的には変わらないという方も多いです。難聴のために、例えば陸上のスタート音などが聴こえないために旗を使ってスタートの合図をする必要があるというところも、パラリンピックとデフリンピックの溝のようなものができてしまっているのかもしれません。
一時期は東京パラリンピックに聴覚障害者の方々の参加が可能になるという噂もあったようですが、国際パラリンピック委員会により否定されているようです。
*2012年に行われたロンドンパラリンピックに、聴覚障害者の選手が出場したという話がありました。ロシアの選手が馬術競技に出場して銀メダルを獲得しました。しかしパラリンピックには聴覚障害者の選手に出場は認められていません。この選手は身体に障害を持っていたことにより、身体障害者としてパラリンピックに出場しました。
5.デフリンピックの厳しい現状
私は前編の記事の中で、オリンピックと比較してパラリンピックが厳しい現状にあるということを書きました。今回デフリンピックをメインに書いていこうと決めて、デフリンピックについて調べていくうちに、デフリンピックもかなり厳しい現状にあることがわかりました。
・パラリンピックよりも歴史のある大会なのに、一般的な認知度が低いようです。日本では特に低いと言われているようです。
・スポンサーがなかなかつかないため、遠征費、合宿費などが自己負担になってしまうことが多いようです。
・テレビなどでデフリンピックの話題に触れることがほとんどないようです。私もテレビでデフリンピックの話を聞いたことはないです。
・コミュニケーションの問題として、デフリンピックでは、国際手話を用いられていますが、国によって多少の違いがあり、通じない場合もあるようです。日本国内でも地方によって手話には多少の違いがあります。言葉に方言があるのと同じようなことのようです。それによって日本人同士でも通じない場合もでてきてしまいます。さらに、手話自体を覚えることもとても大変なことなので、手話を使うことができない選手もいるため、コミュニケーションを円滑にするのはとても難しいと思います。
・賞金があまり出ないこともあり、選手のモチベーションがなかなかあがらないようです。
・聴覚障害者の方でもデフリンピックの存在を知らないということも多いようです。
以上がデフリンピックの厳しい現状と言える主な理由です。パラリンピックと共通する部分もありますが、パラリンピックよりも更に知名度が低いということもあり、かなり厳しい状況であると言えると思います。
6.パラリンピックとの統合をするべきかどうか?
パラリンピックとデフリンピックの統合ををするべきかどうかを考えていきたいと思います。正直なところ、統合をするしないのどちらにもメリットとデメリットがあると思います。デフリンピックを目指す選手たちの中でも、統合するべきかどうかについては、意見がわかれているところでもあるようです。
先程のデフリンピックの厳しい現状のところでも書いていますが、デフリンピックの経済的な事情はかなり厳しい状況です。これを脱却するためには統合をするのが良いと言えるかもしれません。しかし、そうなると聴覚障害者の選手たちにはやりにくい状況になってしまう可能性があることも事実です。
ではどうするのが良いのかとなりますが・・・・・・・これからパラリンピックもデフリンピックも大きくなっていってほしいと思うのですが、それにはやはり「応援による力」だと思います。応援の力によってうまれていく可能性はたくさんあると思いますが、特に大切なものはこういうことではないかと思います。
・パラリンピックもデフリンピックもともに知名度の増加してほしいと思います。
(知名度があがって、応援する人が増えれば、両方の大会が経済的にも余裕がうまれて、活動もしやすくなると思います。)
・環境整備や支援を強化して選手たちに経済的なサポートをしてほしいと思います。
・パラリンピックとデフリンピックが、統合しなくても協力していってほしいと思います。
(障害の違いによりわかれているとしても、障害者のスポーツ大会なので、お互いに協力して宣伝活動などができれば良いのではないかと思います。)
今回の記事はとても内容の深いものになったと思っています。私自身が今回の記事を書くにあたりいろいろと調べていくなかで、パラリンピックとデフリンピックの様々な事情を知ることができて、とても勉強になりました。2021年のパラリンピック。そして2025年のデフリンピックが東京で開催できるようになることを願い、今回の記事を終えたいと思います。読んでいただきましてありがとうございました。