日常に潜む脅威 マイクロプラスチックとは何か

はじめに:日常に忍び寄る、見過ごせない課題

現代の私たちの生活は、便利で耐久性のあるプラスチック製品なしには成り立たないほど深く依存している。しかしその恩恵の裏側では「マイクロプラスチック」という目に見えない脅威が、地球環境全体、そして私たちの身体をも静かに蝕んでいる可能性が、近年強く指摘されるようになった。かつては遠い海の汚染問題と捉えられがちだったこの問題は、今や私たちが毎日口にする食品や飲料、日常的に使う製品にまで及んでいることが明らかになりつつある。特に、熱いお湯を注ぐティーバッグや、気軽に味覚が刺激できるチューインガムといった、ごく身近なものから微細なプラスチック粒子が放出されているという報告は、多くの人々に衝撃を与えた。環境問題に関心のなかった筆者としても、無視できない問題であると危機感を抱いている。この記事では、話題のマイクロプラスチックについて、その正体、発生源、食品への混入経路、人体への潜在的な影響、そして私たちが取り組むべき対策に至るまで、より深く掘り下げて解説していく。

マイクロプラスチックとは何か:その定義、種類、そして広がり

マイクロプラスチックとは、定義上、直径5ミリメートル以下の微小なプラスチック粒子を指す。その大きさは、ゴマ粒程度のものから、肉眼ではほとんど見えないμm(マイクロメートル)単位のものまで様々である。これらは、大まかにはその発生起源によって以下の通り二つに分類できる。

  • 一次マイクロプラスチック: 製造された時点から微細な形状を持つプラスチック粒子である。代表的な例としては、かつて洗顔料や歯磨き粉にスクラブ剤として配合されていたマイクロビーズ(現在は多くの国で規制が進んでいる)や工業用研磨剤、プラスチック製品の原料となるペレット(レジンペレット)などが挙げられる。また、合成繊維製の衣類の洗濯時に抜け落ちる繊維くずも、一次マイクロプラスチックに分類されることが多い。
  • 二次マイクロプラスチック: プラスチック製品が環境中で様々な要因によって劣化・破砕されることで生成されるものである。海岸に打ち寄せられたペットボトルや食品容器、漁網(ぎょもう)などが、太陽からの紫外線、波の物理的な力、温度変化、微生物の作用などによって徐々にもろくなり、細かく砕けていく。また、自動車のタイヤが走行中に摩耗して発生するタイヤ摩耗粉(TWP)や、道路標示用塗料の剥がれ落ちなども、二次マイクロプラスチックの重要な発生源と考えられている。

プラスチックは、その優れた耐久性と安定性ゆえに、自然界では極めて分解されにくい。そのため、一度環境中に放出されたマイクロプラスチックは、数十年から数百年、あるいはそれ以上もの長期間にわたって残留し続ける。そして、風によって大気中に舞い上がり、雨とともに降り注ぎ、河川を通じて海へと流れ込み、土壌にも蓄積していく。このようにして、マイクロプラスチックは地球上のあらゆる環境へと拡散し、生態系に取り込まれ、最終的には食物連鎖を通じて私たちの体内にも到達する可能性を秘めているのである。

食品や飲料への混入:避けがたい曝露経路

マイクロプラスチックが私たちの体内に取り込まれる主要な経路の一つが、汚染された食品や飲料の摂取であると考えられている。当初は海洋生物への影響が中心に議論されていたが、研究が進むにつれて、より広範な食品や飲料が汚染されている実態が明らかになってきた。以下に身近な食品に含まれるマイクロプラスチックの一例を挙げておく。

  • ティーバッグ: 特にピラミッド型などの形状を保つために、ポリプロピレン(PP)やポリエチレンテレフタレート(PET)、ナイロンといったプラスチック素材が用いられているティーバッグは、熱湯を注ぐことで大量のマイクロプラスチック(数百万~数十億個/カップ)や、さらに微細なナノプラスチックを放出することが複数の研究で報告されている。高温がプラスチックの劣化を促進し、微細な粒子が溶け出すと考えられている。
  • チューインガム: 主にチューインガムの基材(ガムベース)には、ポリ酢酸ビニルなどの合成ポリマー(プラスチックの一種)が使用されている。噛むという物理的な行為や、唾液中の酵素、口腔内の温度変化などによって、ガムベースからマイクロプラスチックが剥離し、唾液とともに飲み込まれる可能性があることが指摘されている。
  • 魚介類: 海洋に流出したマイクロプラスチックを、プランクトンが摂取し、それを小魚が食べ、さらに大型の魚が捕食するという食物連鎖を通じて、マイクロプラスチックが魚介類の体内に蓄積される。特に、消化管内容物とともに摂取される小型の魚や、貝類(二枚貝など)は、ろ過摂食の過程で海水中のマイクロプラスチックを取り込みやすいとされる。
  • 食塩: 海塩、岩塩、湖塩など、様々な種類の食塩からマイクロプラスチックが検出されている。海塩は海水から製造されるため海洋汚染の影響を受けやすく、岩塩や湖塩も、採掘・製造過程や、堆積した地層自体が過去の環境汚染を反映している可能性が考えられる。
  • 飲料水: ペットボトル入りのミネラルウォーターから、水道水に至るまで、飲料水中からもマイクロプラスチックが検出されている。ペットボトル水の場合、ボトル自体やキャップの摩耗、充填プロセスなどが汚染源として考えられる。水道水については、水源の汚染や浄水処理プロセス、配水管網などが関与している可能性があるが、一般的にペットボトル水よりは検出濃度が低い傾向にあるとされる。
  • その他の食品: 上記以外にも、蜂蜜(ミツバチが運んでくる可能性)、ビール(製造工程や原料由来)、砂糖、牛乳、さらには果物や野菜(土壌や大気からの付着)など、多岐にわたる食品からマイクロプラスチックの検出報告がある。また、プラスチック製のまな板で食材を切る際に発生する粒子や、プラスチック容器での食品の保存・加熱、加工食品の製造ラインからの混入なども、無視できない汚染経路と考えられている。

ティーバックの紅茶もミネラルウォーターも、筆者自身毎日摂取しているし、この記事を書いている現在もやめる予定はない。理由は代替できる安全な製品が見つからないからだ。読者の多くも同じ感想だと思う。つまり、マイクロプラスチックは多様な経路を通じて私たちの食卓に忍び寄っており、現代社会においてその摂取を完全に避けることは極めて困難な状況にあると言える。

人体への潜在的な影響:解明が待たれる健康リスク

マイクロプラスチックが人体に取り込まれた場合、どのような健康影響が生じうるのか。この点については、まだ研究途上であり、不明な点が多いのが現状である。しかし、実験動物や培養細胞を用いた研究、そしてヒトの組織からマイクロプラスチックが検出されたという報告などを踏まえ、以下のような潜在的なリスクが懸念されている。

  • 物理的刺激と炎症反応: 摂取されたマイクロプラスチック、特に角張った形状や粗い表面を持つ粒子は、消化管の粘膜を物理的に刺激し、炎症を引き起こす可能性がある。慢性的な炎症は、様々な消化器系疾患のリスクを高めることが知られている。また、特にナノメートルサイズの粒子(ナノプラスチック)は、腸管のバリアを通過して体内に吸収され、リンパ系や血流に乗って他の臓器へ移行する可能性も指摘されている。
  • 化学物質の溶出と毒性: プラスチック製品には、その機能性を高めるために、可塑剤(フタル酸エステル類など)、難燃剤(臭素系難燃剤など)、紫外線安定剤、着色料といった様々な化学物質が添加されている。これらの添加剤の中には、内分泌攪乱作用(ホルモンの働きを乱す作用)や発がん性、神経毒性などが疑われるものが含まれている。体内に取り込まれたマイクロプラスチックからこれらの有害な添加剤が溶け出し、健康に悪影響を及ぼすリスクがある。
  • 有害物質の吸着と運搬: マイクロプラスチックは、その疎水性の表面に、環境中に存在する残留性有機汚染物質(POPs:PCB、DDT、ダイオキシン類など)や重金属といった有害化学物質を吸着しやすい性質を持つ。いわば、有害物質の「運び屋」として機能する可能性があるのだ。マイクロプラスチックとともにこれらの有害物質が体内に取り込まれ、生体内で濃縮されることで、複合的な毒性作用を示す懸念がある。
  • 腸内細菌叢への影響: 消化管内に存在するマイクロプラスチックが、腸内細菌叢(腸内フローラ)のバランスを変化させる可能性も指摘されている。腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)は、肥満、糖尿病、アレルギー疾患、免疫系疾患、さらには精神疾患など、様々な健康問題との関連が示唆されており、マイクロプラスチックが間接的にこれらのリスクを高める可能性も考えられる。
  • 細胞レベルでの影響: 細胞を用いた実験では、マイクロプラスチックやナノプラスチックが細胞内に取り込まれ、酸化ストレス(細胞を傷つける活性酸素の過剰な生成)を引き起こしたり、細胞の正常な機能(増殖、代謝など)を阻害したり、さらにはDNA損傷(遺伝子へのダメージ)を誘発したりする可能性が示されている。
  • 体内分布: 近年の研究では、ヒトの血液、肺の深部組織、肝臓、脾臓、腎臓といった様々な臓器、さらには胎盤や脳組織からもマイクロプラスチックが検出されたという衝撃的な報告が相次いでいる。特に、胎盤を通過して胎児に移行する可能性や、血液脳関門を通過して脳に影響を与える可能性は、次世代への影響も含めて重大な懸念事項である。

補足しておくが、これらのリスクの多くは、まだ実験室レベルでの研究や動物実験に基づくものであり、ヒトにおいて実際にどの程度の量が体内に取り込まれ、どの程度のリスクがあるのかについては、現時点では明確な結論は出ていない。曝露量、粒子のサイズや形状、材質、含有・吸着している化学物質の種類などによって影響は異なると考えられ、長期的な健康への影響を評価するには、さらなる詳細な研究が必要不可欠である。

私たちができる対策:リスクを減らすための賢明な選択

マイクロプラスチックの人体への影響が完全には解明されていないとはいえ、潜在的なリスクを考慮すれば、日常生活において可能な範囲で曝露を減らす努力をすることは、予防原則の観点からも重要である。以下に具体的な対策をいくつか挙げる。

  • 飲料・食品の選択:
    • ティーバッグ: 可能であればプラスチックを使用していない紙製や布製のティーバッグを選ぶか、茶葉を直接ポットや急須、ステンレス製やガラス製の茶こし(ティーインフューザー)で淹れる習慣をつける。
    • 飲料水: 水道水を利用する場合は、マイクロプラスチック除去効果を謳う浄水器(活性炭フィルターや逆浸透膜フィルターなど)の利用を検討する。ペットボトル飲料の利用は控えめにし、マイボトル(ガラス製やステンレス製が望ましい)を持ち歩く。
    • 食塩: 産地や製法を確認し、マイクロプラスチック含有量が少ないとされる製品を選ぶ(ただし、現時点で確実な情報は少ない)。
    • 魚介類: 食物連鎖の上位にいる大型魚よりも、比較的小型の魚を選ぶ。貝類は内臓ごと食べることが多いため、摂取頻度を考慮する。
    • 食品包装: プラスチック容器やラップフィルムに包まれた食品の購入をできるだけ避け、量り売りを利用したり、ガラス瓶、紙、缶など代替素材の包装を選んだりする。
  • 調理・食事:
    • プラスチック製のまな板の使用を控え、木製や竹製のまな板を選ぶ。使用する場合は、傷が増えたら早めに交換する。
    • 食品をプラスチック容器に入れて電子レンジで加熱することは避ける。加熱する場合は、陶器やガラス製の容器に移し替える。特に油分の多い食品は、プラスチック成分が溶け出しやすいので注意が必要。
    • プラスチック製の食器やカトラリーの使用を減らし、陶器、ガラス、木、金属製のものを選ぶ。
  • 生活習慣:
    • 洗濯: 合成繊維(ポリエステル、アクリル、ナイロンなど)の衣類の洗濯頻度を減らす。洗濯する際は、洗濯ネット(マイクロファイバーの流出を抑制する専用のものがあればより良い)を使用し、水温を低めに設定し、液体洗剤を使用する(粉末洗剤よりも繊維の摩耗が少ないとされる)。
    • 掃除: 部屋のホコリには、衣類やカーペットから抜け落ちたマイクロファイバーが多く含まれている可能性があるため、こまめに掃除機をかけたり、湿った布で拭き掃除をしたりする。空気清浄機の使用も有効な場合がある。
    • プラスチック製品の利用: 使い捨てプラスチック(レジ袋、ストロー、カップ、食品トレーなど)の使用を極力減らす。マイバッグ、マイボトル、マイ箸、繰り返し使える容器などを積極的に活用する。プラスチック製品を購入する際は、耐久性があり長く使えるものを選ぶ。
  • 廃棄と環境保全:
    • プラスチックごみのポイ捨ては絶対にせず、自治体のルールに従って適切に分別し、リサイクルに協力する。
    • 地域の清掃活動などに参加し、環境美化に貢献する。
    • 5R(Reduce:発生抑制、Reuse:再使用、Recycle:再生利用、Refuse:拒否、Repair:修理)を意識し、持続可能な消費行動を心がける。

これらの対策は、マイクロプラスチックの曝露をゼロにするものではないが、人類が健康被害に直面するリスクを低減させる一助となるはずである。

まとめ:社会全体で向き合うべき課題と今後の展望

マイクロプラスチック問題は、単なる環境汚染にとどまらず、私たちの食の安全や健康にまで影響を及ぼしかねない、複雑かつ深刻な課題である。ティーバッグやチューインガムといった日常的な製品からの放出が明らかになったことは、この問題がいかに私たちの生活に深く浸透しているかを象徴している。

人体への長期的な影響については、さらなる科学的な知見の集積が待たれる状況ではあるが、潜在的なリスクが存在する以上、予防的な観点からの対策が急務である。そのためには、以下のような多角的なアプローチが必要となる。

  • 科学的研究の推進: マイクロプラスチックの体内動態(吸収、分布、蓄積、排出)、毒性メカニズム、長期的な健康影響に関する質の高い研究を加速させる。特に、ナノプラスチックの影響評価は重要な課題である。
  • 発生源対策と技術開発: 製品設計の段階からマイクロプラスチックの発生を抑制する工夫(例:繊維が抜けにくい衣類の開発、プラスチックフリーのティーバッグやガムの開発)を進める。また、環境中に流出したマイクロプラスチックを効率的に回収・除去する技術の開発も求められる。
  • 規制と政策: マイクロビーズ規制のように、特にリスクが高いと考えられる用途や製品については、法的な規制を検討する。プラスチック製品のライフサイクル全体(製造、使用、廃棄)を通じた管理体制を強化する。容器包装に関する規制やリサイクルシステムの改善も重要である。
  • 企業の責任: 製造業者は、製品に含まれるプラスチックの種類や添加物に関する情報を透明化し、より安全な代替素材への転換や、製造プロセスにおけるマイクロプラスチック発生抑制に努めるべきである。
  • 国際協力: マイクロプラスチック汚染は国境を越える問題であり、国際的な連携によるモニタリング、情報共有、対策の協調が不可欠である。
  • 消費者への情報提供と教育: 消費者がリスクを理解し、適切な製品選択やライフスタイルの見直しを行えるよう、正確で分かりやすい情報提供と啓発活動を強化する。

私たち一人ひとりが、この問題に対する意識を高め、日々の消費行動や生活習慣を見直すことが、マイクロプラスチック問題の解決に向けた第一歩となる。個人の小さな選択と行動が集まることで、企業や社会全体の変革を促す大きな力となり得るだろう。安全な食と豊かな環境を次世代に引き継ぐために、今こそ社会全体でこの見えない脅威に真摯に向き合い、持続可能な未来への道を切り拓いていく必要がある。

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青山曜

経済や身近なお金の話題を中心にコラムを書いています。一時期は英語学習系の記事も書いていました。ジャンルを問わず、一緒に楽しく勉強して行きましょう!

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