当事者研究 ~私のプロフィール~

皆さんは、自分について研究したことがありますか?
私は、知人の紹介で、「レッツ!当事者研究1~3 べてる しあわせ研究所」( 2018年 向谷地生良著)という本に出会い、その機会を得ることが出来ました。
そして、今回、自分なりに当事者研究をしてみました。

当事者研究とは、簡単に言えば、「自分の心の病を客観的に見て、それを病気だけど病気として理解するだけではなく、もっと根本となるものがあると自分で気づき、研究するもの」です。
その際、自分で自分の病名を自由に作ってよいのです。研究なので、出来れば、複数の人とやり取りするのが望ましいところではあります。私は自分自身に、このような病名をつけました。


私の自己病名「母親依存・コミュニケーション不足型躁鬱」

【私の基本情報】
私は、現在、母親と2人暮らしです。父は震災の翌年に亡くなり、姉は結婚して幸せな家庭を築いています。一方、私はというと、早くひとり暮らしをして自立したいと思いつつも、未だに母親に頼り切って生活しています。この状況をなんとか打開したいです。
また、友人など横のつながりが少ないこともネックです。親しくしていた友人2人を3年前に相次いで亡くし、悲しみにくれた日々がしばらく続きました。今はかろうじて連絡が取れている友人2人(同じ病気の人と健常者の大学時代の同級生)がいます。

【私の苦労のプロフィール】
私は小さい頃から他人と接することが苦手なタイプでした。いつも母親にくっついていた気がします。幼稚園に行くことも嫌でしたし、小学校や中学校は勉強が好きで行っていたようなものです。縦割り活動、部活動などは好きではありませんでした。高校2年生の時に不登校になり、その時から鬱は始まったと思います。精神科を受診したのは社会人になってからでした。その時の主治医に母親依存を指摘されました。抗うつ薬を飲んでもなかなか症状は改善せず、6年前に躁鬱となり、入院もしました。躁症状は薬で大分抑えられていますが、鬱の波は今でも度々やってきます。

【現在の私を形成する2つの注目点】
①母親依存
私にとって母は「食事を作る」「洗濯をする」「掃除をする」という家政婦さん的な存在です。鬱で寝込み、酷い時は病院に代わりに行ってもらうことがあります。服薬・食事・睡眠がめちゃくちゃになるので、最初は母が私の部屋へ薬を持ってきてくれたり、食事も冷蔵庫に用意してくれます。しかし、だんだん寝込みの期間が長くなると、私は冷遇されているような気持ちになり、母の関心を引こうと「爆発」します。叩いたり、暴言を吐いたり、物にあたったり、怒りでイライラします。その後、「疲れてまたしょげる」の繰り返しです。
また、調子が悪くない時も、なんだか母に干渉されているような気がして不快です。「放っておいてほしい」と思います。私の行動を日々日記にメモしているのを偶然知ったことがありました。しかし、気になる存在であることは確かです。

②孤立感
本心や何気ない自分の気持ちを話せる相手がなかなかいません。寂しいと感じることがあります。先日、久しぶりに大学の同級生と同じ病気の人にメールや電話をしてみたら、その時は気持ちがすっきりしました。でも一時的でした。他人との距離の取り方が未だによくわからないのです。しょっちゅう連絡したら、迷惑になるのではないのかと不安になります。明らかにコミュニケーション不足です。

【まとめ】
1人になれば、生活の苦労が出てきて、ひま・さみしいなどの気持ちは少なくなると思います。逆にお金の苦労は出てくるでしょう。私に足りないものは1人で自活する生活力・苦労+そういうことを共有できる「仲間」の存在となるでしょう。
といっても、突然ひとり暮らしは無理な話だと思うので、寝込んで「爆発」しないためにも事前に「具合悪いから今は頼らせてね。」みたいなことを母に伝えておくとよいと思いました。仲間はこれから作っていければよいのでしょうが、今いる友人も大切にして素直にどの程度の頻度で連絡していいか聞いてみるとよいと思いました。

ちなみに、当事者研究では「なつひさお」という用語があって、
やんでいるとき
かれているとき
まなとき
みしいとき
金がないとき・薬を飲めていないとき・腹が空いているとき
が不調のサインだそうです。

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そらいろ

そらいろ

自分とは?この胸のもやもやは、どこから来てどこへ向かっているのか。「当事者研究」という自由な発想での自分自身の病気の研究をもっと多くの人に広めたい。共有したい。と思いつつ、ポエムも嗜む吾輩です。

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