私が好きな歌手(第二編)

世の中の不条理に抗い続けた

反骨の女性シンガー

アイルランド Sinéad O’Connor

      (シネイド・オコナー)

ライナス

セカンドアルバムが各国で大ヒットし、

英国、米国のみならず、

世界的に注目される歌手に

 こうしてアイルランドのみならず、イギリスやアメリカでもその名前が知られるようになった彼女は、続いて1990年にセカンドアルバム「I Do Not Want What I Haven’t Got」を発表します。

I Do Not Want What I Haven’t Got [注3]

 このアルバムは製作の過程でThe Waterboysデヴィッド・ウィッカムThe Smithのベーシスト・アンディ・ルーク、The World Partyのカール・ウォーリンガー、Adam and the Antsのギタリスト、マルコ・ピローニなど豪華なゲストが参加し、話題を呼びました。発売当初からイギリス、アメリカのみならず、各国のヒットチャートで1位を獲得し[注4]、全世界で700万枚以上を売り上げ、彼女の名前を世界的に知らしめるものとなりました。特に1980年代にプリンスがザ・ファミリー(The Family)に提供した楽曲「Nothing Compares 2 U」を彼女がカバーした一曲は、世界各国で1位になり[注5]、彼女はアイルランドのみならず、ヨーロッパを代表する女性シンガーとなりました。

Sinéad O’Connor – Nothing Compares 2 U (Official Music Video) [HD]

ちなみにオリジナル版はこちらです。

The Family – Nothing Compares 2 U

[注3] ちなみにこのアルバムのタイトル名については「夢の中で母が語りかけてきた」事で決めたそうです(直訳すると『持っていない物は欲しくない』となります。)。

[注4]「I Do Not Want What I Haven’t Got」はフランス、ドイツ、カナダ、スイスでも1位に輝きました。日本では「蒼い囁き」という邦題でベストセラーとなっています。

[注5] 「Nothing Compares 2 U」は日本でも「愛の哀しみ」という邦題でベストセラーを記録しています(原題だと『あなたに代わる者はない』です。)。

筆者おすすめの曲 

・「Black Boys On Mopeds」

Sinéad O’Connor – Black Boys On Mopeds

・「Three Babies」[注6]

Sinéad O’Connor – Three Babies (Official Music Video)

・「I’m stretched on your grave」

Sinead O’ Connor – I’m stretched on your grave – live

・[注6]彼女がこのタイトルを付けた理由は3度目の流産にあったのでは、と言われています。

(ちなみに彼女は生涯で4度の結婚をしており、お子さんは全部父親違いです(婚外子も含む)。最も彼女は後年のインタビューで「レズビアン」であることを公言していますが、悪く言えば無節操な部分は彼女らしいと言えます。)

人気と共にエキセントリックな

行動が加速!

ついには一線を越える事態に!

 こうして彼女は世界的に有名なシンガーとなっていったのですが、それと同時にデビュー当初から垣間見られていたエキセントリックな発言や行動もまた、人々の間で注目されることとなっていきます。

 例を挙げると、アメリカのツアー会場で習慣となっていたコンサート前のアメリカ国歌の斉唱を拒否[注7]し、フランク・シナトラに「アメリカから出て行け!」と怒られて騒動を引き起こしたり、グラミー賞のベストオルタナミュージックパフォーマンス賞にノミネートされましたがこれを拒否するなど、人々からすると眉をひそめるパフォーマンスが増えていきました。

 もちろん人々は彼女の生い立ちや修道院での過酷な生活実態などを知る由もなく、女性にもかかわらずバズカットヘアで歌う彼女の姿を見て、彼女の関係者以外は彼女に次第に反発心を覚えるようになっていきました。

 そして彼女のその破天荒な、社会への反発心を隠さないスタイルに決定的な事件が発生します。

 それは1992年10月、米NBCの人気テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』の生放送中で、シャーデー・アデュ[注8]がかつてツアーで着用していたレースのドレス[注9]をまとった彼女は、ロレッタ・リンカバー曲である「Success Has Made A Failure Of Our Home」[注10]とボブ・マーリーの「War」を歌った直後、当時カトリック教徒の司祭などが行っていた児童虐待に抗議するため、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の写真を破り、驚く聴衆に対してこう叫びました。

ドレスの持ち主だったシャーデー・アデュ

シャーデーがかつて着ていたドレスを着用し、出演したSinead。

この直後に「事件」をおこす

Sinead O’Connor – War (Bob Marley) SNL 1992 SUBTITULOS ESPAÑOL

「Fight! The Real Enemy!」

(真の敵と戦いなさい!)

 そして側にあった蝋燭を吹き消します。もちろん彼女のバックグラウンドなど何も知らない番組制作者、スタッフたちは彼女の発言と行動に唖然とし、しばらく放送が中断します。

 翌日から放送局のNBCには抗議の電話が殺到。特にカトリック教徒の方々からは激しい抗議が押し寄せる事態となります。各界からの著名人[注11]からも非難が押し寄せるなど、アメリカ全土を騒然とさせます。

 しかし彼女はこの騒動に屈せず、このテレビ放送から13日後の1992年10月16日、彼女はNYのマジソン・スクエア・ガーデンで行われたボブ・ディラントリビュート・コンサートに参加し、当初予定されていた曲を歌わず[注12]、歓声と怒号とで騒然となった会場で再び、あの時に歌ったボブ・マーリーの「War」を再びアカペラで歌います。

Sinead O´connor – Madison Square Garden

 満身創痍の状態で歌い切った彼女は流石にこの状況に堪えたのか、司会者[注13]に介抱されつつ、泣きながら会場を去ります。彼女の一曲にこの日の会場は大歓声と大ブーイングのケイオス状態に。しかし信念を決して曲げなかった彼女には次第に賛辞の声が届くようになりました。

 騒動が冷め止まないこのコンサートから1週間後の10月23日、彼女は英米の新聞社に弁護士付で声明文を届けました。彼女はそこでこれまでの自分の立場や主張を明確にしました。それは同時に、彼女が自分の関係者以外に自身のバックボーンやバックグラウンドを語るという事でもありました。それまで彼女のパフォーマンスに眉をひそめてきた人々たちは、この彼女の声明によって、カトリック教会やカトリック教徒が抱える問題について知るとともに、彼女が抱えた心の闇に触れることが出来たのです。

・[注7] Sineadが国歌斉唱を拒否した理由を、のちにインタビューで「湾岸戦争における米国の軍事介入に『No』を示すためだった」と語っています。

・[注8] シャーデー・アデュはナイジェリア人ですが、母方の系譜にアイルランド人の方がいたようです。ただ、Sineadがそのことを知ってドレスを買ったわけではないようです。

・[注9] シャーデーのドレスについてのコラム [その1] [その2]

・[注10] 「Success Has Made A Failure Of Our Home」は翻訳すると「成功は私たちの家庭を失敗に導いた」となりますが、このタイトルにした理由については、最初のパートナーであったジョン・レイノルズとの破局と離婚があったからではないかと筆者は考えています。(最も、彼はその後公私共にSineadの活動の良きサポーターとなっています。)

Sinead O’Connor – Success Has Made a Failure of Our Home (Official Music Video)

・[注11] 著名人の批判については、この番組の司会者であったジョー・ペシマドンナが非難声明を発表しましたが、これについては純粋な感情と共に、共にイタリア系移民をルーツに持つ2人が米国におけるアイルランド系移民とイタリア系移民の深刻な対立残滓の気持ちが残っていたからではないか、と筆者は考えています。

・[注12] この日Sineadはディランの「I Believe In You」を歌う予定だったようです。もしあの時Sineadが歌っていたらこんな感じだったのでは?と思い、この曲を歌うSineadの映像を紹介します。

Sinead O’Connor : I Believe In You

・[注13] この日の司会者はクリス・クリストファーソンで、この日のことを後年インタビューで語っています。

Kris Kristofferson on his special relationship with Sinéad O’Connor

「ありとあらゆる差別にNoを!」

「闘う女性シンガー」の

  ジャンルを確立する彼女。

時には気分転換なのか

髪を伸ばしたり、

ウイッグを被ったりするなど、

これまでとは違うチャレンジも⁉

 このようにして彼女は米国での騒動によって、「『差別』と闘う女性シンガー」としての価値を確立していきました。また、「『反差別』運動」だけではなく、エイズ撲滅運動やチャリティーコンサートなどの慈善活動の音楽フェスなどにも積極的に参加し、歌を歌ったり、歯に衣着せぬ発言をしたりすることで、様々な層からの支持を集めていきました。

 その中で自らの表現を高めるためなのか、ウイッグを装着して歌ってみたり、彼女のアイコンとなっていたバズカットヘアではなく、髪を伸ばしてみたりするなど、シンガーとしての幅の広さも見せてくるようになりました。

 彼女がウイッグを装着して歌う姿をご覧ください。

You Do Something To Me

Sinéad O’Connor – Silent Night (Official Music Video)

 

 どちらも彼女がバズカットヘアで歌うのを見てきた人にとっては、「この人は誰⁉」と一時的に錯覚してしまいそうです。

 

 次に彼女が髪を伸ばした画像をご覧ください。心なしか、女優の

ウィノナ・ライダーに似ている気がします。

 髪を伸ばしたSinead。お子さん(長男のジェイクか?)を抱え、

周囲に笑顔を振りまく彼女の顔は、とても微笑ましく、

母親としての慈愛に満ちている。恐らくお腹に

第二子を妊娠中の一枚だと思われる。

 このように髪を伸ばしても持ち前の美貌があったため、何故彼女がバズカットヘアにこだわりを持っているのかと訝しがる人も多かったのですが、そのことについて彼女はインタビューの中でこう答えています。少し長くなりますが、全文ご紹介します。

●ある男性と出会い、あなたが恋に落ちたとします。彼から“愛してる。君に夢中だよ。でも、ウィッグをつけた君の写真を見たら、すごく綺麗だった。髪を伸ばしてみたらどう?”と言われたらどうですか。

「その男が私のことをちっとも愛してないってことが分かる」

●いや、でも彼は本当にあなたのことを愛してるかもしれないじゃないですか。引っかけ質問じゃないですよ。別にあなたを引っかけようとしているわけではありません。

「だめだめ。“とっとと失せろ”って思うだけよ。あのね、私がもし髪を伸ばすんなら、っていうか伸ばしたいけど、それは自分が伸ばしたいからであって、誰かがそう望むからじゃない」

●ちゃんと考えた上でそう言い張るんですか?

「別に」

●違うんですか?

「そりゃね。意識的にそう考えたわけじゃないし」

●無意識にそう考えたと?

「だから! 好きな服を着るのと一緒よ。他の人と同じように、私は自分の好きな髪型にしたいの。みんなすぐうわべで人を判断するのよね。私はいつも外見でグダグダ言われるのよ」

●だから坊主頭にしたんですか?

「いいえ。私はただ自分を曲げたくないだけよ」

アルバムジャケット撮影時の1枚。ファッション、ポージング、
顔つき、その全てが「Sinéad O’Connor」という
「人物」を体現している

 また、心理学者との対談でも、自分がバズカットヘアである理由をこう述べています。

「私の姉はとても美しい赤毛で、輝くような赤毛で、羨むようなタイプだった」「母は、姉の髪が醜くて、恐ろしくて、嫌なものだと思い込んでいた。私が髪が長いと、母は私たちを可愛い娘と醜い娘と紹介し始めた。だから私は髪を切ったんです。可愛くなりたくなかったから」

 アイリッシュ・タイムズ紙の取材では、こう答えています。

「私はスキンヘッドだけど、スキンヘッドではない。髪を切ったのは、スッキリした気分になれるから。気分が良くなるのよ。“私は男でも女でもない、Sinéad O’Connorよ”って言いたいの」

 このように周囲の人々を煙に巻くような返答をしています。ですが本当のところは、修道院時代の性的虐待やカトリック教会への抗議の意思表明としての側面が強かったゆえに、本音を言い出せなかったのではないか、というのが筆者の偽らざる感想です。

第三編に続く

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ライナス

ライナスと申します。読書や日本の歴史、アイルランドやスコットランドの音楽が好きなので、皆様に紹介して共有できればと思っています。

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