AI技術が人類に新たな科学的発見や課題解決の鍵をもたらす一方で、その「物理的な代償」は無視できないレベルに達している。言うまでもなく、AIモデルの学習と推論には膨大な電力が必要であり、データセンターの冷却には水資源の消費が必須となる。その量はなんと一国全体の消費量に匹敵するとされている。便利さと引き換えに失う電力、このジレンマに対し、Googleの「Paradigms of Intelligence」部門シニアディレクター、トラビス・ビールス(Travis Beals)氏は2025年11月4日に驚くべき解決策を発表した。
それが、宇宙空間にAIインフラを構築するムーンショット(野心的な挑戦)、プロジェクト・サンキャッチャー(Project Suncatcher)である。
この記事では前後編に分けて、なぜ宇宙なのか、その必要性と実現可能性について、技術的側面から分かりやすく解説していくので、是非最後まで目を通してもらいたい。
なぜ「宇宙」なのか? 物理学が示す必然

Googleがこの結論に至った理由は、極めてシンプルかつ物理的な合理性に基づいている。 太陽は、人類が生産する総電力の100兆倍以上のエネルギーを放出している、究極のパワーソースだ。地上では大気や天候、そして「夜」の存在によってその恩恵は限定的だが、宇宙空間の適切な軌道上であれば、太陽光パネルは地上の最大8倍の生産性を発揮できる。さらに、ほぼ24時間連続して発電できるため、重くて高価な蓄電池への依存を劇的に減らすことが可能なのだ。
プロジェクト・サンキャッチャーは、この無尽蔵のエネルギーを地上に送るのではなく、「その場で使う」という発想の転換である。Googleの最新AIチップ(TPU)を搭載した小型衛星群を打ち上げ、宇宙空間で直接AIの計算処理を行う。これにより、地上の電力網や水資源への負荷を最小限に抑えつつ、AIの計算能力(コンピュート)を無限にスケールさせることが可能となるのだ。
イーロン・マスクの「卒業論文」とGoogleの「ムーンショット」
この「宇宙でエネルギーを賄う」という着想は、現代の宇宙開発を牽引するイーロン・マスク氏が、ペンシルベニア大学で物理学を専攻していた頃の卒業論文ですでに予見していたテーマでもあるんだ。彼は学生時代から化石燃料に依存しない文明のあり方として、宇宙太陽光発電の可能性を探求していた。 Googleの今回の発表は、マスク氏が描いたビジョンに対し、AIという具体的な用途(アプリケーション)を実装する試みと言える。
Googleには、実現不可能と思われる技術に挑戦してきた長い歴史がある。10年前、まだエンジニアリングの目標として現実的ではなかった量子コンピューターの開発に着手し、15年以上前には自動運転車の構想(現在のWaymoなど)を描いた。今回の「サンキャッチャー」もまた、それらに続く人類史規模の挑戦なのである。
2027年、最初の実験衛星が宇宙へ
この計画はもはや机上の空論ではない。Googleは地球観測衛星企業である「Planet」と提携し、早ければ2027年初頭にも2基のプロトタイプ衛星を打ち上げる計画を明らかにしている。このミッションでは、宇宙空間でのTPUの動作検証や、衛星間を結ぶ光通信技術の実証が行われる予定だ。
インフラを宇宙に構築することのリスクを指摘する声も少なからず存在する。確かに、必要なときにいつでも現地に赴いてメンテナンスできるのが地上の強みだ。宇宙に置けば災害時には強いが制御の難しさなどの課題が依然として存在することも否定できない。
今回は取り急ぎ、プロジェクト・サンキャッチャー(Project Suncatcher)の概要を紹介するに留めたが、次回の後編では、Googleが公開した論文に基づいて、宇宙空間でデータセンターを稼働させるための具体的な技術課題(通信、軌道制御、放射線)と、日本のNTTや三菱重工業が挑む「エネルギー伝送技術」との関連性について詳述する。引き続き、未来の技術情報を追って行こう。