私は学生時代、軽音楽部だったので、ギターを弾けるのですが脳梗塞の後遺症の麻痺のために左手が思うように動かなくなってしまい、ギターを満足に弾けなくなってしまいました。ですが、いつかまたギターを自由に弾くことを目標にリハビリを頑張っているところです。そんな私が、励みにしているギタリストが3名いるので紹介させて下さい。3名とも私と同じようにハンディキャップを抱えながらもギタリストとして世界的に評価され、後世に影響を与え続けている偉大な人物です。
まずは、1人目
Django Reinhardt(ジャンゴ・ライハルト)
ジャンゴ・ライハルトは、1910年生まれ1953年に亡くなったベルギーのジャズギタリストです。ジプシージャズという音楽のジャンルを創り上げた人物としても有名です。
ジャンゴが18歳の時、住まいが火事になり、体に大やけどを負いました。命は助かったものの、右足は麻痺し、左手の薬指と小指には障害が残ってしまいます。彼を診察した医者は、ギターの演奏は無理だと言ったそうですが、ジャンゴは努力を重ね、人差し指と中指だけで演奏するという独自のスタイルを確立し、再びギタリストとしての生活を始めました。
その後彼は、ジャズに傾倒し、フランス・ホット・クラブ・五重奏団というジャズ楽団を結成し、フランス各地で演奏したところ、人気を呼び、世界的に知られる音楽家となったそうです。
続いて2人目、
Tony Iommi(トニー・アイオミ)
トニー・アイオミは、イングランド出身のギタリストで、ヘビーメタルバンドBlack Sabbath(ブラック・サバス)のメンバーとして有名です。私の学生時代の先輩がこのバンドを好きで、その影響で私もよくこのバンドの曲を聴いていました。
トニーは、17歳の時、溶接工場で働いていました。ここから痛い表現が出てくるので読む方はご注意ください。勤務時に悲劇が訪れます。工場での鉄板裁断中に誤って右手の中指と薬指の先端を切り落としてしまいます。このことから、トニーはギターを弾くことを諦めようとしていましたが、工場の上司がジャンゴ・ラインハルトがハンディキャップを抱えながらもギタリストとして成功した話しを伝え、励ましました。その後、トニーは欠けてしまった指の先端部分にプラスチック製の指サックのようなものをはめて、練習に励むことで再びギターを弾けるようになりました。
ANDRES GODOY(アンドレス・ゴドイ)
今回最後に紹介するアンドレス・ゴドイはチリ出身のギタリストです。彼は14歳の時に働いていた仕事場の機械に右腕を巻き込まれるという大事故にあいました。事故の影響は大きく、右腕は失われ、両足を骨折、背骨も損傷するという重体だったそうです。右腕を失ってしまったことで、ギターが弾けなくなってしまったと考え、ギターを遠ざけていた彼ですが、ある日、将来自分の子供にコードだけでも教えたいと思い、体でギターを支え、左手でコードを押さえてみます。すると、左手の指が弦に当たったことで音が鳴り、もしかしたらまたギターが弾けるかもしれないと考え、試行錯誤することで、左手だけでギターを演奏するという独自のスタイルを創り上げることに成功します。左手だけで弾くと言ってもなかなか想像出来ないとおもいますので、彼の演奏動画を見てみましょう。
確かに左手だけで美しいメロディーを奏でてますね!彼は【タッピング】というギターの弦を指板強く叩きつけることで音を出すテクニックを多用することでギターを弾いています。
最後に
今回紹介した3名に共通していえることですが、ハンディキャップに対して悲観的になってしまった経験はありながらも自分なりの試行錯誤をすることで、ハンデを克服しています。技術的な素晴らしさにまず目がいきますが、それよりも、私は彼らがハンデを前向きに捉えて前進していったことに感動します。文章にすると数行で終わってしまいますが、きっと言葉には出来ないほどの苦労だったでしょう。私も彼らと同じようにギターを弾くのが難しい状況ですが、彼らの行動/言葉を見習い、いつの日かギターを自由に弾けるように試行錯誤していきます。
