世界やってまった歴史人物展01 万歴帝

またなんか始めましたよ、果たして続くのでしょうか。書いてる当人なのに既に不安いっぱいなA.A.です。長年の不眠症経験から、ここ数年は入眠時にYouTubeの動画を流すようになったのですが、すっかり歴史大好き鳥類になってしまいました。学校の授業で学ぶ歴史って、実は『テストで良い点数を取る為だけ』の学びになっちゃってるんですよ、実にもったいない。英語なんか典型的にそうです、喋れないし読めないし!

そこで、やらかしてしまった人たちを面白可笑しく紹介していこう!と思い至りました。私の文才が問われるやつじゃないか対戦よろしくお願いします。ちょっと長めになりますので、暇な時間に何か飲み物でも飲みながら見てくださいね。

1328年、一人の男が生を受けました。その名は朱元璋(しゅげんしょう)、生まれた時に家全体が赤く光り輝いたらしいです。彼は1368年、40歳の時に元(チンギス・ハーンで有名なモンゴル帝国)を追い払って(みん)を建国しました。そこから時計の針を進めて1572年、14代目の皇帝がわずか10歳で即位しました。その人物こそ今回の主役である『万歴帝』です。

即位直後は宰相で師匠である張居正の手腕で、税制を改めたり、無駄な官職・公共事業を撤廃したり、大変大きな成果を上げる事ができました。師匠はとても厳しく、書物の暗唱を間違えると厳しく怒鳴り散らしたそうです、スパルタってレベルじゃねーぞ。しかし万歴帝が風邪を引くと、山椒の入った薬湯を自分で作って飲ませたりもしたそうです、愛ですね。しかし…そんなスパルタ師匠張居正が1582年に死去。自分で政治を決めるようになっていくと、坂道を転がり落ちるように堕落していきます。

日本にも同じような文化がありましたが、王や皇帝の子ども、特に男子を生むことが求められる時代でしたので、往々にして王や皇帝は一夫多妻でした。万歴帝にも後宮…いわゆる大奥みたいなものがありました。これは皇帝の妻(正妻・側室)や臣下、その家族が住んでいました。それだけ多いと色々問題が出るわけです。15人以上子どもがいたわけで…いわゆる跡継ぎ問題です。万歴帝には八男までいました。

正妻というのが皇帝や王の妻の中で一番偉い立場にあったのですが、万歴帝は側室の孝寧太后を寵愛1(ちょうあい)していました。彼女との間にだけ6人も子どもがいるという、どっからどう見ても最推しとわかるレベル。そんなデレデレ溺愛モードだったので、自分の跡継ぎにも彼女との子を…という野望を持っていました。しかしこの頃には既に【長男が家督を継ぐもの】という暗黙の了解がありましたので、正妻の子にして長男の常洛(じょうらく)が立てられました。

ここからが万歴帝やらかしその1です。万歴帝は常洛を愛する事はなく、孝寧太后の手の物に命を狙われる事件(梃撃の案)が発生しましたが、彼はそれを黙過2…どころか、臣下から孝寧太后が黒幕だといくら上訴されても彼女を庇ったそうです。可哀想な常洛。万歴帝の死後、常洛が15代目の皇帝『泰昌帝』になります。なります…が、本当に可哀想な常洛。即位後僅か一ヶ月で崩御してしまいます。これが暗殺だ、という説があり、お腹を壊した泰昌帝が丸薬を勧められ、それを飲んだところ急死してしまった…という話もあります。

一方愛された子どもである常洵(じょうじゅん)。狙い通りに跡継ぎに据える事が出来なかった為、彼にとんでもない贅沢をさせてしまいます。常洵の結婚式に30万両という莫大な金額をつぎ込みます。それってどのくらい?とお思いだと思いますので可視化します。この時代、明は慢性的な財政難でした。市民は困窮と重税に喘いでいました。国庫には400万両あった、という話でした。400万両から30万両使う、というのは国の全財産の7.5%を使ったということ。仮にどこかの国の国家予算が100兆円あったとすると、7兆5000億円使った、という計算になります。ドバイか?贅沢に贅沢を重ねまくった常洵。反乱を起こされ民に処刑されてしまいますが、記録では体重は180キロにもなっていたとか。

どこかで『科挙』(かきょ)という言葉を聞いたことはありますか?いわゆるお受験、というやつなんですが…1300年の重みがあるこの試験、どえらい難易度なんです。合格率は1%あるかないかくらい。公平な試験とは言われていましたが、そんなハズもなく。3歳からどえらい英才教育を受けても暮らしていける財力が求められます。そして更に受験資格を持つ国立学校に入学する為にも試験を受ける必要があります。合格したら行けるぜ!と、いう甘さのはずもなく…更に更に学力判定試験を受け、そこをクリアしてようやく『受験の為の学校に合格』という狭い門。本番の試験科目も時代によって変わってくるのですが、詩を作る能力、儒教という思想の経典を暗記する能力、論文を作る能力などが問われたそうです。それを通過すると、最終試験として皇帝の目の前で行われる試験に挑めたそうです。

科挙に合格すると上級官僚になる事が出来るわけなんですが、一族から一人でも合格者が出れば血の繋がりを持ってるだけでも一生の安泰が約束されます、人生がSSR進化します。国からお給料が出て、発言力も爆上がり、なんなら免税までされちゃったり、婚活だって貴族の娘が向こうからいっぱいお見合い申し込んできちゃうし、奴隷だろうと農民だろうと合格したら家族全員一気に貴族化、本人が亡くなってからだって記録が残り続け、分かりやすくいうとご先祖様が歴史の教科書に載っちゃって『俺の先祖●●なんだぜ』ってドヤれちゃいます。そんな試験なので、一生涯を賭けて挑み続けるんです。合格者の平均年齢は36歳前後ですが、最高齢合格者の年齢は98歳合格した嬉しさで死なないでおじいちゃん

皇帝の目の前で試験が行われる、と前述しましたが…そう、皇帝の周囲は必然的にこのド級お受験を潜り抜けた生え抜きエリートだけになります。皇帝はただお父さんが皇帝だったから、そしてその息子だったから受け継いでるだけ。普通の教育を受けた自分の周辺人物が全員東大…いや、世界一の偏差値といわれるオクスフォード大学出身の超ド級エリートしかいない、想像しただけで逃げたい、いや、逃げた。それが万歴帝なのである、ここがやらかしその2。端的に書いてしまえば、崩御するまでの25年彼は引きこもった、ニート真っ青。いわんや3彼はそれ以上だった。趣味や私用の為に国の資金を流用する事には一生懸命、政務や執政の為にはケチりにケチる。欠員の補充も全くしない、ある時期には大臣が一人しかいない、しかもその大臣は病人なんてことも。

明の終わり 怠惰のツケ

万歴帝が崩御した1620年。そして息子は前述した通り一ヶ月で崩御。暴政圧政搾取を強いられた市民はそりゃもう怒った、大激怒。そして1644年、17代目の皇帝の時代に反乱が起き、明は滅亡してしまう。直接的な滅亡の引き金を引いたのは、もしかしたら万歴帝だったかもしれない。だが権力は長く握ってると腐るのである。常洛の息子、16代目の皇帝もそりゃあ酷かった。自分を神だの聖人だの、孔子4と並んで称えるべきだと言え、と部下に強要した、反対した人は……消された。16代目の皇帝が崩御した後が大変だった、子どももみんな亡くなって誰もいなかったのだ。最後の皇帝、17代目はなんと16代目の弟だった。

一人で一生懸命腐敗した官僚を排除して、支え直そう、なんとかしようとした17代目。しかし反乱で都を追われ、彼は自ら命を絶った。可哀想すぎる、一番の被害者と言ってもいい。こうして腐敗と堕落とやらかしのツケを一人で背負わされた悲哀と共に、明という国は滅んだ…。

今回大分長い記事になりましたがいかがでしたでしょうか。歴史を紐解くと、こういう結構やっちゃってる人たち、いっぱい居ます末恐ろしい。そういう人物を面白可笑しく、ちょっと軽めに紹介する、なんてことを少しずつやっていこうと思います。手持無沙汰な時、電車や病院の待ち時間、隙間時間にお付き合いくださいませ。

  1. 特別にかわいがる事、大切にすること ↩︎
  2. 黙って見逃す事、かみ砕くとスルーしたということ ↩︎
  3. まして、なおさら、もちろんという意味 ↩︎
  4. 儒教の開祖。キリスト教においてのイエス・キリストのような人物 ↩︎
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A.A.

『好きに全速前進』がモットーです。うつ病、不眠症、アルコール依存症(AUD)。治すよりも一緒に生きる方法を模索中。

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