世界やってまった歴史人物展02 トロフィム・ルイセンコ

前回の万歴帝の記事作りから早くも2つ目を書き始めたA.A.です。はい、味を占めました。これは精神がノっているのか、はたまた浮ついているのか、でもこういう時に書いておくのはきっといいことと信じて、2人目の人物の話をしていこうと思います。今回のやってまった人物の名前は【トロフィム・ルイセンコ】、1898年~1976年の人物で前回と比べると大分近代史の人物です。しかし、恐らく殆どの人は彼を知らないでしょう。授業でやった事ある人物の御用学者1(ごようがくしゃ)であって、教科書には殆ど登場しないのです。では、ゆっくりと彼と周囲について語り始めましょう。

この時点でお察しください、ルイセンコとはそういう人物です。彼について語り始める前に、共産主義についてざっくりと説明しようと思います。説明する前に注意があります。私は特定の主義や主張について特別に語るつもりはありませんし、美化や誇張も致しません。平等に説明する、という立ち位置で行っておりますので、ご了承ください。

共産主義ってなに?

共産主義ってなんだい?難しい事はわかんないよ。というそこの君。安心してください、私も難しいことと政治の話は嫌いです。なのでざっくりと分かりやすい表にしてきました。

現代の世界で100%共産主義の国はありませんが、共産系の政党が指導する国は結構たくさんあります。そしてほんの35年前まで、共産主義を目指す国家がありました。それが『ソビエト連邦』、いわゆるソ連。今回の主役であるルイセンコもこの国生まれの学者です。みんなが平等に生きられる世界を目指す考え方…だったはずなのに。ガッチガチの監視&粛清の国になってしまい、最終的には崩壊してしまいました。どうしてこうなった…?

それは理想を守ろうとするあまり、国が『正解』をひとつに決めた上に範囲を狭くして、それ以外の考え方を全部排除してしまったから。粛清ってこわいね。階級のない社会を目指してたはずなのに、政治の力があまりにも強くなり過ぎた結果の結末はご存じの通り、ソ連は崩壊しました。共産主義の話はこれでオシマイ。あんまり突っ込むと脱線しますし、色々思想の話は怖いのでね!

根性農業論 木を隠すなら森の中…?

更に悪いことは連鎖していくもの。当時の体制下では失敗は報告されにくく、成功した部分だけが強調・報告されました。そもそもルイセンコが別の意味で大活躍した時期、既にソ連の農業は虫の息だったのです。それはコルホーズ、と呼ばれる集団農業の結果でした。この一連の流れ、分かりづらいので挿し絵でご説明します、見づらいのでクリック・タップして拡大して見て下さいね。

ここでようやく誠に残念ながらルイセンコ氏に帰ってきてもらいましょう。以下がルイセンコが提唱した根性農業論です。

『小麦は低温貯蔵すべし!すると春蒔き小麦は秋蒔き小麦に、秋蒔き小麦は春蒔き小麦になる。』

『麻の種は雪の上に蒔くべし!すると冬の環境にも耐える強靭な麻が出来る。』

『同じ種類の作物同士で栄養の奪い合いは発生しないので、一つの畑に植えられるだけ植えるべし。』

『種は地中深く深く植えるべし!根を太く長く強靭に育てるべし。』

ここだけ読むと、なんかそれっぽく聞こえますよね?寒い所に置いた小麦は強い子になる、雪の上に蒔いた麻も強い子になる。なるほど、人間も同じような事をやります、主に冬に。でも冷静に考えて下さい。例えば寒い冬に鍛えたとして、鍛えた人たちの子どもが生まれた瞬間から寒さに強い・負けない子になりますか?筋トレ大好きな人の子どもが、生まれた瞬間から超絶ムッキムキになりますか?そんな怖い事ないですよね?植物も同じです。その時の環境で変化することはありますが、その変化が次の世代までそのまま受け継がれるわけではないのです。では、植物の性質はどのように受け継がれるのでしょうか。
そこで登場するのが、現代の生物学の基本となっているメンデル遺伝学です。

なによそれ、また横文字?ってお思いの方、ご安心ください。そんな難しいことではありません、鳥で説明します。グロスターカナリアというマンゴープリンみたいな種類の鳥がいるのですが、この子達はマッシュカットみたいな冠羽を持つコロナタイプと、ひよこみたいに冠羽を持たないコンソートタイプの二種類がいます。彼らに協力してもらいましょう!

ざっくり過ぎて余計わかんない可能性あるな。子どもは親から遺伝子を一つずつ受け取り、その組み合わせによって性質が決まります。性質は混ざって消える事はないので、隠れて受け継がれていきます。っていうのがメンデル遺伝学です!つまり、後から変わるような要素はほぼほぼありません。

彼の提唱した農業論は、この国の農業を完膚(かんぷ)なきまで2粉砕しました。何が厄介かというと、全てが間違っているわけではなかった事。確かに春化処理3ができる作物もあります。しかし、それはその時の植物に変化が起きるだけで、次の世代まで変わるわけではなかったのです。それでも一部に効果があったことで、この理論は正しい!と受け止められてしまったのです。

傷口を拡大・悪化させていったのは、こうした理論を『間違ってるんじゃないの?』と議論できる場がなかったこと。当時のソ連は政府の影響力がとんでもなく大きく、政府に都合のいい研究や成果が歓迎される一方で、それに反する意見は受け入れられにくい空気があったのです、だって粛清されちゃうんだもの。

農業の成果を早く出したい政府にとって、「環境を変えれば作物の性質も変えられる」というルイセンコの主張は、とても魅力的なものでした。やがて彼の理論は強く支持され、遺伝学の研究は「間違った学問」として批判されるようになっていきます。もちろん、ソ連の農業の問題すべてを一人の学者だけで説明することはできません。すでに見てきた通り、コルホーズによる集団農業や、失敗を報告しにくい体制など、さまざまな問題が重なっていました。それでも、科学的な議論よりも政治的な都合が優先されたことは、農業の混乱をさらに深める結果になりました。

科学は、本来「正しいかどうか」を自由に議論しながら少しずつ進んでいくものです。しかし、その議論そのものが許されなくなったとき、科学は簡単に道を外れてしまいます。理想の社会を目指して始まったはずの国で、農業も科学も大きく迷子になってしまった――それが、トロフィム・ルイセンコとソ連農業の物語でした。

根性論のその先

農業に必要だったのは、どうやら根性ではなかったようです、知ってた。さて、これで今回のやってまった人物、トロフィム・ルイセンコ氏のお話は終わりになります。ルイセンコ氏はソ連よりも先に、1976年に没しています。

このあともソ連の農業は長いあいだ苦しい状況が続き、時には国内で食料が足りないのに穀物を輸出する、なんとも不思議なことまで起きてしまいました、これを飢餓輸出(きがゆしゅつ)と呼びます。

そしてその国、ソビエト連邦は1991年にその姿を消しました。

やる気があれば何でもできる!……とは、どうやらいかなかったようです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!また近々で次回のやってまった歴史人物展を書けたらいいな、と思ってます。

  1. 権力に近い立場で、その意向を後押しする学者のこと。都合のいいことしか報告しないともいえる。 ↩︎
  2. 傷のないところがないくらい、徹底的に、残るところがなく、という意味。 ↩︎
  3. 種子や植物を一定期間低温にさらすことで、開花を促す処理のこと。近い例は寒さを経験すると開花が促される桜など。 ↩︎
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A.A.

『好きに全速前進』がモットーです。うつ病、不眠症、アルコール依存症(AUD)。治すよりも一緒に生きる方法を模索中。

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