こんにちは、ASD当事者のぷちあおトマトです。今回は、自分にとって一番身近な症状の「感覚の違い・過敏」を自分なりに整理してみようと思い、まとめてみました。
ASD当事者である私の感覚
一般的によく知られている、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の過敏に加えて、私は他に2つの感覚過敏があると感じられます。それは「物に対する感覚過敏」、「出来事に対する感覚過敏」です。ASDの症状は人それぞれで、他の当事者からみると共感できないということもあると思います。あくまでASDの感覚の1つのケースとして見ていただけたらと思います。
(本記事の内容を自己診断に使用しないでください。)
物に対する感覚過敏
私は小学校のドッジボールの授業で、当たった衝撃・痛み・人の注目を現実よりも大げさに想像してしまい、強い恐怖を感じていました。フリスビーを使用した場合恐怖は少し収まるのですが、それでも摩擦の感覚を想像してしまい苦手でした。
対して、入れ子構造や連続パターンを見ると、建物や動物の群れを想像し安心する気持ちがあり、子供の頃からそういったものをよく眺めたり工作したりしていました。子供の頃は特に、見立てたものが本物のように感じられました。
また、見たものの味を無意識に想像して感じることがあります。電車などの公共交通機関では錆の味、学校に行くとチョークの味、校庭に行くと砂の味がして、生唾が止まらなくなることがあり気持ち悪くなります。これらを食べたことはないのでにおいから想像しているのだと思います。
出来事に対する感覚過敏
私が小学生のときの学習発表会で、くじ引きで敵役を務めることになったのですが、このことに強い不快感があり役を代わってもらったことがありました。この出来事があったのは低学年の頃で、私はこの時の感情を鮮明には覚えてないのですが、悪役の悪の部分が主張されて感じられ自分自身が悪になったような感覚がありました。
また、今起こったことだと勘違いしてしまうくらい、フラッシュバックにのめり込むことがありました。これは小学校5年生をピークに21歳まで続きましたが、認知行動療法で軽減し”つらい気持ち→気まずい気持ち”まで軽減しました。
ここまで長く、強く症状が出た原因は、反省とは失敗を反芻することだと思い込んでいたせいだと思います。子供の頃は手元が暇になると常にフラッシュバックしている状態でした。反省とは成功までの道筋を立てることだと小さい時に学んでいれば、ASD症状はもう少し弱まっていたかもしれないと思っています。
まとめ
以上の2つの感覚過敏をまとめると「物事、または物事から想像した”興味・脅威・不快”に強く訴えかけられる感覚」になりそうです。この感覚からこだわり、反芻思考、フラッシュバック、場面変化の苦手さの症状が出るのかなと思いました。
また、近々別の記事で認知行動療法を用いた反芻思考やフラッシュバックに対するアプローチをご紹介します。
