【昭和のかがやき】木造校舎とアルマイトの給食! 昭和の学校生活

新シリーズ『昭和のかがやき』へようこそ!

今回のテーマは「昭和の学校生活」です。 スマホもタブレットもない時代、学校は子供たちにとって最大のコミュニティであり、毎日が刺激にあふれた場所でした。

今の学校とは少し違う、昭和ならではのユニークで熱気のある学校生活をのぞいてみましょう!

1. 脱脂粉乳からコッペパンへ! 懐かしの給食

昭和の学校生活で一番の楽しみといえば、やっぱり「給食」です。

昭和30〜40年代前半までは「脱脂粉乳」が出されていましたが、昭和後期になると甘くて大きな「コッペパン」や「ソフトめん」が大人気に。アルマイト(金属)の黄色い食器に盛られたカレーやクジラの竜田揚げは、当時の子供たちにとって最高のごちそうでした。

ミルメークを牛乳に溶かして飲むのが楽しみで、給食の時間はいつも笑顔と活気にあふれていました。

2. アナログだから盛り上がった休み時間

休み時間になると、チャイムと同時に全員がグラウンドや廊下へ飛び出します。

教室では「ブルドッグ」や「消しゴムピンボール」、廊下では「グリコ」や「雑巾がけレース」。グラウンドではドッジボールやサッカーで泥だらけになりました。 雨の日には、図書室へ行くか、学級文庫の漫画を奪い合うように読んだものです。自分たちで身近なものを使って遊びを生み出す名人ばかりでした。

3. ちょっと厳しく、でも温かかった先生たち

昭和の先生たちは、とにかくパワフルで個性的でした。

宿題を忘れたり悪さをしたりすると、熱血先生から叱られることも日常茶飯事。ですが、放課後には一緒になってドッジボールをしたり、親身になって相談に乗ってくれたりする温かさがありました。

「地域全体で子供を育てる」という時代の空気が、学校の中にもしっかり流れていたのです。

おわりに

今の学校に比べると、エアコンもなく、木製の机や床にワックスを塗っていた昭和の学校は、決して快適とは言えなかったかもしれません。

でも、そこには「みんなで同じ時間を全力で過ごす熱量」がありました。

泥臭くて、少し不便で、だけど毎日学校に行くのが楽しみで仕方がなかった。昭和の校舎に響いていた子供たちの歓声は、今も私たちの心の中で温かく輝いています。

  • 0
  • 0
  • 0

きんいろ旅程

きんいろ旅程(りょてい)と申します。おもに歴史や競馬などをテーマに、幅広く記事を執筆中。「どんな人にも読みやすい記事を書く」ことをモットーに、日々WebライティングやSEO、Wordpressなどを勉強中です。名前の由来は競走馬「ステイゴールド」から。Twitter→@kinniro_ryotei アイコン:畦ノつぶて様 @azeno_tsubute22

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内