新シリーズ『昭和のかがやき』へようこそ!
今回のテーマは「昭和の土曜日」です。
今でこそ週休2日制が当たり前になり、土曜日は朝からお休みという人が多いですが、昭和後期(1970〜80年代)の土曜日はまったく違う空気感を持っていました。
「休みは明日だけ」だからこそ、独特の解放感と熱気に満ちていた、あの頃の土曜日の1日を振り返ってみましょう!
1. 懐かしの合言葉「半ドン」と、お昼の焼きそば
当時の学校や会社は、土曜日も「午前中だけ」授業や仕事がありました。この、お昼までで終わる日のことを、当時は「半ドン(はんどん)」と呼んでいました。
4時間目の授業が終わり、終わりの会が終わると、解放感に満ちた子供たちが一斉に校門から飛び出します。
家に帰ると、テレビからは吉本新喜劇やバラエティ番組の賑やかな声が流れ、食卓にはお母さんが作ったチャーハンや焼きそば、即席ラーメンが待っている。
「これから丸1日半も休みがあるんだ!」という、あの土曜日のお昼のワクワク感は、今の完全週休2日制では味わえない、特別なごちそうでした。
2. 夕方のチャイムが鳴っても帰らなくていい特別感
いつもなら夕方5時のチャイムが鳴ると「また明日ね」と家に帰る路地裏の遊び。でも、土曜日だけは別です。
「明日は学校がない」という無敵のパスポートを持っている子供たちは、日が暮れて街灯が灯るまで、缶蹴りやドッジボールに夢中になっていました。親たちも「土曜日だから少しくらい遅くなってもいいか」と大らかに見守ってくれる。
少し暗くなった夜道を、心地よい疲労感とともに「お腹空いたね」と言いながら友達と歩く時間は、ちょっとだけ大人になったような秘密のスパイスがありました。
3. 家族全員がテレビの前に大集合した、土曜夜の黄金タイム
昭和の土曜日のハイライトといえば、夜8時からのテレビの時間でした。
当時の土曜夜8時は、日本中のお茶の間が爆笑に包まれる伝説の時間帯です。『8時だョ!全員集合』の生放送が始まると、子供たちはテレビにかじりつき、ドリフターズのコントに神様へ祈るように大笑いしました。その後を追うように始まった『オレたちひょうきん族』の登場など、まさにテレビが一番エネルギーを持っていた時代。
お父さんもお母さんも、兄弟もみんなで1つのブラウン管テレビを囲み、同じタイミングで声を揃えて笑う。そんな賑やかで温かい夜が、どの家庭にも当たり前のように存在していました。
おわりに
今の時代から見れば、土曜日も学校や仕事があるなんて「不便だし大変そう」と思えるかもしれません。
でも、昭和の土曜日には「限られた時間だからこそ、全力で楽しむ熱量」がありました。
半分だけ頑張って、半分から全力で遊ぶ。そして夜は家族みんなで笑い転げる。
そんなメリハリにあふれた昭和の土曜日は、不完全だけど誰もが明日を信じてエネルギーを燃やしていた、あの時代の「かがやき」を象徴するような、とても愛おしい1日でした。
