【昭和のかがやき】いつの間にか見かけなくなった、昭和の当たり前な習慣

今回のテーマは「今はなくなった昭和の習慣」です。 時代が令和へと進む中で、デジタル化やマナーの変化により、かつては「当たり前」だった風景がいつの間にか姿を消していきました。

今の若い世代が見たら「えっ、本当にそんなことしてたの!?」と驚くような、少し豪快で、でもどこか大らかだった昭和の日常の習慣を振り返ってみましょう!

1. どこでも煙がモクモク! 驚きの喫煙事情

昭和後期(1970〜80年代)の日本は、今では信じられないほど喫煙に対して大らかな時代でした。

オフィスでのデスクワーク中は当然のように灰皿が置かれ、タバコを吸いながら仕事をするのが日常茶飯事。それだけでなく、電車の座席(前の席の背もたれに灰皿がついていました!)、飛行機の機内、さらには病院の待合室や、テレビの生放送番組の本番中に芸能人や司会者が普通にタバコを吸っている姿が全国に流れていました。

街のあちこちが煙でモクモクしていましたが、当時はそれがごく普通の「大人の風景」だったのです。

2. 街中に響いていた、お豆腐屋さんの「ラッパの音」

夕方4時を過ぎる頃、住宅街の路地裏から「と〜ふ〜いぃ〜〜、ま〜め〜」という、どこか哀愁を帯びたプーパーというラッパの音が聞こえてくるのが昭和の風物詩でした。

音が聞こえると、お母さんたちは家からボウルや深皿を持って玄関を飛び出します。リヤカーや軽トラックでお豆腐屋さんがやってきて、水槽に浮かんだ出来立ての豆腐をその場で手際よくすくい、持参した器に直接入れてくれる。

パックに入った豆腐をスーパーで買うのが当たり前になった今では見られない、人と人とが直接触れ合う温かい買い物習慣でした。

3. 年賀状の「プリントゴッコ」と電話帳の「分厚い存在感」

12月になると、どの家庭でも大忙しで始まったのが年賀状作りです。そこで大活躍したのが「プリントゴッコ」という家庭用印刷機でした。

ピカッとまぶしいフラッシュランプを発光させて版画のように1枚ずつハガキに印刷していく作業は、子供たちにとっても冬休みの楽しい一大イベント。インクが乾くまで部屋中に年賀状をズラリと並べる風景が、毎年の決まり事でした。

また、電話機の横には地域の全員の本名と電話番号が載った、タウンページやハローページといった「分厚い電話帳」がドンと置かれていたのも、個人情報の保護が厳しくなった今では見られない昭和ならではの光景です。

おわりに

今振り返ると、分煙が進んでいなかったり、個人情報の扱いが大雑把だったりと、昭和の習慣は不便で少し雑に思える部分もあるかもしれません。

でも、そこには「細かいことは気にしない、いい意味での大らかさ」がありました。

豆腐屋さんのラッパの音に導かれてご近所さんが集まったり、1枚ずつ手作りで年賀状を刷ったり。効率やルールに縛られすぎていなかったあの頃の習慣には、人と人との距離を自然と縮めてくれる、不思議な温もりがあふれていたのです。

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きんいろ旅程

きんいろ旅程(りょてい)と申します。おもに歴史や競馬などをテーマに、幅広く記事を執筆中。「どんな人にも読みやすい記事を書く」ことをモットーに、日々WebライティングやSEO、Wordpressなどを勉強中です。名前の由来は競走馬「ステイゴールド」から。Twitter→@kinniro_ryotei アイコン:畦ノつぶて様 @azeno_tsubute22

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