『昭和のかがやき』へようこそ!
今回のテーマは「昭和後期の大衆娯楽」です。 昭和40年代末〜50年代(1970〜80年代)の日本は、日々の忙しい仕事や勉強の合間に、誰もが手軽にエネルギーを発散できる娯楽にあふれていました。
街のあちこちから賑やかな音が聞こえ、大人も若者も夢中になって楽しんだ、あの頃の庶民の「遊び」の風景を振り返ってみましょう!
1. 街中にジャラジャラ音が響いた「パチンコ」と「スマートボール」
昭和の街角を歩くと、必ず聞こえてきたのがパチンコ店から漏れ出る「ジャラジャラジャラ!」という賑やかな玉の音でした。
当時は手打ち(1玉ずつレバーを弾くタイプ)から電動ハンドルへの移行期。チュウリップと呼ばれる役物に玉が入るたびに大歓声が上がり、店内には煙草の煙と独特の熱気が充満していました。
また、温泉街や歓楽街にはガラス板の上で大きな玉を弾く「スマートボール」や「射的」も現役で残っており、ちょっとした時間に100円玉で遊べる身近なレジャーとして親しまれていました。
2. 空前の大ブーム! 「ボウリング」と「インベーダーゲーム」
1970年代前半、女子プロボウラーの活躍などをきっかけに、日本中に空前の「ボウリングブーム」が巻き起こりました。
街には巨大なボウリング場が次々と建設され、休日は数時間待ちが当たり前。マイボールやマイシューズを持つことがステータスとなり、家族連れからカップル、会社の同僚まで、ピンが倒れる爽快な音に酔いしれました。
そして1978年(昭和53年)には、空前の「インベーダーゲーム」ブームが到来! 喫茶店のテーブルがゲーム筐体に早変わりし、100円玉を積み上げてゲームに没頭する人々で店内が埋め尽くされました。100円硬貨が一時的に日本中で不足したという伝説的なエピソードが残るほど、社会現象となった娯楽でした。
3. 夜の部屋でラジオに耳を澄ませた「深夜放送」
若者たちにとっての最大の娯楽であり、密かな秘密基地だったのが「深夜ラジオ」です。
『オールナイトニッポン』や『パックインミュージック』など、ラジオから流れる人気パーソナリティやタレントの軽妙なトーク、投稿ハガキの面白さに、全国の中高生や大学生が夜更かしをして聴き入りました。
昼間の学校や職場では言えない本音や、旬の流行歌が流れるラジオは、見知らぬ同世代の仲間と繋がっているような不思議な連帯感とワクワク感を与えてくれたものです。
おわりに
今の時代の大衆娯楽は、スマートフォンひとつで自分のペースで静かに楽しめるものが増えました。
でも、昭和後期の大衆娯楽には「空間や時間を他人の熱気と一緒に体感する大らかさ」があったように思います。
コインを投入してレバーを弾く手触り、ピンが倒れる大音量、夜の部屋で聴くラジオの雑音。五感をフルに使って日々の疲れを吹き飛ばしていた昭和の娯楽は、人々の日常に生き生きとした活力を与え続けていたのです。
