
みなさんは、家電が壊れるたびに「また買わなければならないのか」と思ったことがないだろうか。
冷蔵庫が壊れる。洗濯機が壊れる。エアコンが調子悪くなる。スマートフォンのバッテリーが弱くなる。
そのたびに、家電量販店へ行き、新しい製品を選び、古いものを処分する。
考えてみれば、これはかなり不思議な仕組みである。
もし技術がさらに進歩して、家電が50年、100年、あるいは200年使えるようになったらどうなるのだろう。
しかも、単に「壊れない」だけではない。
調子が悪くなれば自動的に故障箇所を検知し、必要な部品だけを交換する。性能が古くなれば新しいモジュールに交換する。ソフトウェアは勝手にアップデートされる。
人間は「修理しなければ」「買い替えなければ」と意識する必要すらない。
そんな世界が来たら、私たちの生活は大きく変わるかもしれない。
家電が「物」ではなく「サービス」になる

例えば、月額3,000円で「快適なエアコン」が使えるとする。
エアコンそのものを所有する必要はない。
10年使っても20年使っても、50年使ってもいい。
コンデンサーの性能が低下したら、IoTによってメーカーが把握する。
モーターが劣化すれば、その情報も送られる。
利用者が「最近ちょっと変だな」と感じるころには、すでに交換部品が発送されているかもしれない。
修理担当者が訪問して、劣化したモジュールだけを交換する。
そして、また何年も使える。
スマートフォンも同じだ。
バッテリーが劣化したら交換。
カメラが古くなったらカメラモジュールを交換。
通信規格が変わったら通信モジュールを交換。
コンピューター部分が時代遅れになったら、基板そのものを最新世代に交換する。
外側の筐体は10年、20年どころか100年間使い続ける。
すると「新しいスマホを買う」という感覚そのものが消えていく。
「壊れない」は、メーカーにとって悪いことではない
ここで、面白い経済の逆転が起こる。
普通に考えれば、200年間壊れない家電はメーカーにとって最悪である。
一度売ったら、200年間買い替えてもらえないからだ。
しかし、これをサブスクリプションにすると話が変わる。
メーカーは、
「壊れたから新しい製品を買ってください」
ではなく、
「月額料金を払っている限り、常に快適な製品を使えます」
というビジネスに変えられる。
製品が壊れないほど修理費は減る。
モジュール交換が簡単なら保守費用も下がる。
ソフトウェアアップデートなら物流すら必要ない場合もある。
メーカーにとって重要なのは、短期間に何度も本体を買ってもらうことではなく、顧客と長期間契約を続けてもらうことになる。
つまり、
「長持ちするほど損をする会社」から、「長持ちするほど得をする会社」へ変わるのである。
これはかなり大きな転換だ。
価格は「高いけれど安い」になる
こうなると、未来の製品は購入価格だけを見る必要がなくなる。
例えば、現在なら10万円で買える家電があるとする。
7年間使えば、単純計算で年間約1万4,000円。
ところが、100万円するものの100年間使える家電なら、年間では1万円である。
さらに月額制にして、毎月2,000~3,000円程度で利用できるなら、購入時の大きな出費すらなくなる。
「高いけれど、壊れない」
「所有しないけれど、ずっと使える」
という、現在とは違う価値観が生まれる。
そして消費者は、家電そのものに大金を払うのではなく、「常に快適な状態を維持してくれるサービス」にお金を払うようになる。
家電メーカーは「製造業」から「保守業」へ

さらに面白いのが、メーカーの姿である。
今のメーカーは、基本的に新製品を作り、それを販売する。
未来では、それだけではない。
製品を設計し、設置し、監視し、修理し、アップグレードし、ソフトウェアを更新し、100年間面倒を見る。
つまりメーカーというより、
「製品の生涯を管理する会社」
になっていく。
冷蔵庫を作った会社が、冷蔵庫を売って終わりではない。
その冷蔵庫が50年後も100年後も正常に動くことまで仕事になる。
これは製造業にとって、大きなパラダイムシフトになるだろう。
そして、ゴミが減る

この仕組みには、経済だけではないメリットもある。
本体そのものが長期間使えるなら、まだ使える製品を丸ごと捨てる必要がなくなる。
壊れた部品だけ交換する。
古くなった部分だけアップグレードする。
使える部分はそのまま使う。
すると、「故障=廃棄」という現在の考え方が変わる。
スマートフォンを本体ごと捨てるのではなく、バッテリーだけ交換する。
パソコンを買い替えるのではなく、計算ユニットだけ交換する。
エアコンを買い替えるのではなく、コンプレッサーや制御部品だけ交換する。
製品は「完成品」ではなく、何十年も進化し続けるプラットフォームになるのである。
では、経済はどうなるのか?
ここには当然、大きな問題もある。
今の経済には、たくさんの製品を作って売ることで成り立っている産業が数多くある。
製品が200年間使えるようになれば、本体の買い替え需要は大幅に減る。
工場の生産量が減るかもしれない。
販売店の仕事も変わる。
廃棄物処理や中古品市場も変わる。
「物をたくさん作って、たくさん売る」という経済モデルには大きな影響が出るだろう。
しかし、そのお金が消えるとは限らない。
家電の買い替えに使っていたお金が、旅行、外食、教育、医療、娯楽、住宅、金融、レジャーなどに流れるかもしれない。
つまり、
物を買わなくなったから経済が消えるのではなく、経済の中心が「物」から「サービス」へ移動する可能性がある。
「修理」という仕事も変わる
今は故障してから修理する。
未来では、故障する前に修理するかもしれない。
AIが機械の振動、温度、電力消費、音、通信状態などを常時監視する。
「この部品はあと3か月ほどで性能が低下する」
と予測できれば、壊れる前に交換する。
利用者は故障を経験しない。
そうなると、修理という仕事は「壊れた物を直す仕事」から、
「壊れる前に壊れないようにする仕事」
へ変化する。
これは、医療にも少し似ている。
病気になってから治療するのではなく、病気になる前に予防する。
家電も同じように、「予防保守」が当たり前になるのだ。
しかし、便利すぎる世界には危険もある
もちろん、素晴らしいことばかりではない。
家電をメーカーが管理するようになると、「所有している」という感覚が薄くなる。
月額料金を払わなければ使えない。
メーカーがサービスを終了したらどうするのか。
メーカーが倒産したら?
ネットワークが止まったら?
さらに、IoTで常時監視するということは、家庭の中の機械から大量の情報が企業に送られる可能性もある。
便利さの裏側で、プライバシーという新しい問題が生まれる。
つまり未来の「壊れない家電」は、単なる技術革新ではない。
所有権、企業との契約、雇用、経済、環境、プライバシーまで変えてしまう可能性がある。
最後に残るのは「何を買うか」ではなく「どう生きるか」
私は、この未来を想像すると一つ面白いことに気づく。
家電が壊れなくなったら、私たちは家電について考える時間が減るのである。

エアコンの買い替え時期を考えない。
冷蔵庫が壊れたから家電量販店へ行く必要もない。
スマートフォンのバッテリー交換を心配しなくてもいい。
パソコンが古くなったから新製品を探す必要もない。
機械は、勝手に修理され、勝手に更新され、勝手に性能が上がっていく。
人間はただ使えばいい。
もしかすると、未来の究極の家電とは、
「高性能な家電」ではなく、「家電の存在を意識させない家電」
なのかもしれない。
そして、もっと面白いのは、そのとき私たちが買うものだ。
家電ではない。
スマートフォンでもない。
パソコンでもない。
「いつでも快適に使える状態」そのものを買うのである。
今の私たちは、10万円の冷蔵庫を買っている。
未来の人は、「冷やしてくれるサービス」に月額料金を払っているかもしれない。
今の私たちはスマートフォンを買う。
未来の人は、「常に最新状態の情報端末」を利用する。
そう考えると、100年壊れない家電が普及する未来は、「物が売れなくなる未来」ではないのかもしれない。
それは、
「物を所有する経済」から、「物に面倒を見てもらう経済」への移行なのではないだろうか。
そしてそのとき、人類が本当に技術によって手に入れるものは、新しい家電ではない。
家電の故障や買い替えについて考えなくてよい、
「時間」なのかもしれない。
