連載・あなたに相撲が好きになる魔法をかけたい③ -novalue場所・三日目 体力の限界…ッ!でも楽しみたい!真夏の巡業レポート!-

8月某日―世間ではお盆休みが始まり、セミはミンミンと声を張り上げ、こんなに暑いのに、頭も下がるほどに働いている。暑さ寒さも彼岸までというけれど、彼岸まっさかりの令和八年夏巡業・大相撲仙台場所は去年も今年も暑かった。熱中症になってはいけないので、店頭の数倍の価格でノンアルコールビールを炭酸水代わりに補給した。塩分は元力士が振る舞うちゃんこで十二分に補給したので大丈夫なのである。

相撲の「巡業」と聞いても、いまいちピンとこない方が大多数かと思われる。毎年奇数月に東京の両国国技館、あるいは大阪・エディオンアリーナ、名古屋・IGアリーナ、九州(福岡)・福岡国際センターにて行われる「本場所」が公式戦であるとするならば、偶数月に力士が全国津々浦々を巡り、稽古や取組だけでなく、質問コーナーやちびっことの相撲、などなどのお楽しみ企画を通して地元のファンとの交流を深めるファン感謝祭的なイベントが「巡業」である。

私が初めて巡業を観に行ったのは去年のことである。価格のいちばん安い2階席を予約したら、なんだかお相撲さんが遠くて、私の視力ではなんとなく誰なのかがわかったり、わからなかったりするし、なんとなんと、1階席のお客様しか力士が通る花道には近づけない。つまり、サインをもらうとか、一緒に写真を撮ってもらうといったことが全く不可能であったのである。そんな教訓から、今年は1階のマス席を予約した。マス席とは、たとえばペア用なら2人、4人用なら4人と、複数人でまとまったスペースを使用できる席だ。そうして、今年は…今年こそは、サインが欲しい。写真を力士と撮りたい。そう切に願いながら迎えた巡業初日、私は体調が悪くなり、朝、起き上がることができなかったのだ。

巡業は朝9時開場である。8時を過ぎても起きられない。9時の開場に間に合わせたい理由があった。それは、9時ごろ行われる入場口での力士との握手、そして稽古。そんな。間に合わないというのか。だがしかし、我が家は会場までの交通の便が大変によろしいので、途中から見に行くことも可能ではある。もし、終了までに外出することができれば、だが。いや〜これ、最後まで行けない可能性あるやつだよ?でも諦めるな。ちょっとでも見れたらいいんだ。午後からでもいい。終了30分前でもいい。行けたら行けばいいや。でもそれって結局行かないやつじゃん。そもそも…なんで今日に限ってこんなに体調悪いんだよー!とのたうち回っているうちに、いつとはなしに起き上がれるようになり、服を着替え、最低限のメイクをして、あれ?なんか外出できそうじゃん?とというところまできたのは、まだ開場してそんなに時間も経っていない頃であった。相撲の神様のご加護じゃ。私とツレは、急ぎ会場へ足を運んだ。

到着すると、なんとまだこれから入場する人たちの行列があるではありませんか。これは…もしかして…もしかすると…!!我々が入場口まで進むと、隆の勝関が握手してくださいました…。私は「うわあ〜〜本物だあ〜〜おっきい〜〜〜」という感想でいっぱいで、あの強烈な喉輪を繰り出す手の感触が記憶にない。そもそも、片手だったのか両手だったのか…隆の勝関なら、「握手」もいいけど「喉輪」を入場者にサービスするのも相撲ファン大喜びだろうなあ。

席に着けば、朝の稽古はまだ行われていた。よかった〜!巡業での稽古は力士にとって、次の本場所に向けた大切な準備の機会になる。我々相撲ファンにとっても、どの力士がどの程度稽古をするのか、内容はどうか、と先場所のパフォーマンスを踏まえて来場所の活躍を占うチャンスである。たぶん、巡業の1日の中で、一番ガチな時間である。よって、私はここで、まだ始まったばかりだというのに、一番疲れる。だが、ガチのぶつかり合いの音や振動の迫力を一番感じられるのも、この時間であるといえよう。早起きは三文の徳であります。

で、先述の通りこの日は大変暑い日で、また、朝食が食べられなかった私は、稽古の途中で会場周辺の出店に水分と食料を求めに出た。この時間帯、買い物を品数が多いうちにさっさと済ませたいということで、弁当やグッズ販売のブースには長蛇の列ができている。私は今年、生き物関係の出費が多いので、弁当やパンフレットは買わずに、焼きそばとノンアルコールビール(スパークリング麦茶)を買って戻った。しばらくしてまた買い出しに出ると、もう弁当も焼きそばも売り切れである。食料だけは早めに確保すべし。そして、ちゃんこは美味しくてしょっぱくて(※お相撲さんはたくさん稽古で汗をかくから、ちゃんこは塩分濃度高めなのが普通みたいだよ!)おすすめです。野菜もいっぱい入ってるよ。琴櫻関もいらっしゃいました。私は写真を撮ってもらい損ねました。

さて、稽古の後には、今度はちびっ子と力士の稽古が始まる。ちびっ子が力士と相撲をとるのだが、力士のみなさんはさすがに慣れていらっしゃる。ちびっ子に土俵際まで押されて反りかえってみたり、ちびっ子をブーンと振り回してみたり、一本背負いを決めさせてあげたりと、なんだか楽しい感じでちびっ子を勝たせてくれるのだ。とっても優しい世界が展開される。今にして思えば、録画しておけばよかったあー。気持ちがくさくさしてきたとき、きっとほんわかさせてくれるんだー。

ちびっ子との稽古が終わると質問コーナーにバトンタッチ。お客さんからは主に「仙台はどうですか」「好きな食べ物はなんですか」系の質問が飛びかいます。ちなみに、質問できるのは1階席の人だけ。前回2階席で質問のチャンスすら与えられなかった私…質問したい…!しかしながら、ビビっちゃって手を挙げることすらできず…。もし質問できたら、「好きなお寿司のネタはなんですか」もしくは「夏休みの自由研究は何をしましたか」あたりを聞いてみたかった。でも、きっとお寿司のネタだったら、気を利かせて「牛タンです」と言わせてしまうだろうし、やっぱり自由研究かな。あー、来年こそは、せめて手を挙げたい…とぼんやりしていた私は、ある事に気付いてハッとした。実は、私は宮城出身の関取である時疾風関のファンである。ご当地ということで、このコーナーに時疾風関は当然参加しており、他の関取と花道を下がっていくのを見たとき、サインが、欲しい!!と思い立って、矢も盾もたまらずに駆け出した。

我々は、ついさっきまで話していたのである。サイン欲しいけど、もらえなくてもいいや。疲れちゃうし。他にももらいたい人がたくさんいるんだから、自分なんかがお願いしたら邪魔になっちゃうし。本物のお相撲さんが見れたら、それでいいんだ、と…。そう言いつつも、手許においていた色紙とペン。前言完全撤回します。それらをむんずと掴み花道へ急ぎ、人と人との隙間に入り込んで、サインをお願いし、書いていただいた…ああ、これ、テレビで見たのと同じだ…本物だ…(本物が書いてるから当たり前である)。

かけたい言葉ならいくらでもある。頑張ってください!応援してます。お身体に気をつけてください。などなど…。だけど、本人を目の前にすると「あっ、あっ、ありがとうございます」(あと、覚えてないけど「すいません」って多分めちゃくちゃ言ってる)としか言えなくなるのだ。そういうもんだよなあ〜。そもそもファンはお相撲さんと気軽にぺちゃくちゃ喋るものではないのかもしれない。他の人もあんまり何も言わないのである。それにしても、初めて好きなお相撲さんからもらったサイン。本物だ!と思ったのに、席に戻ってからまじまじ見ていると、現実のことと思えない。

正直、いままでサインに対して「文字じゃん」以上の感情を持ったことはなかった。でも、それはそうなんだけど、私がお相撲さんからもらったサインは、私とそのお相撲さんとの交流が確かにあったことを証明している。私は記憶力がよわすぎなので、その瞬間を遅かれ早かれ忘れてしまうかもしれない。けど、私がもらったんだから、その瞬間は絶対あったんだと証明してくれる。だからサインって特別なんだ。サインしてもらうということが。

そんなわけで、この後はついに序二段(序ノ口はないんだなあ…)から取組が始まります。去年は幕下以下の力士が全然わからなかった私も、テレビでの観戦を重ねるうちに、今年はなんぼか分かるようになり。応援している幕下力士もいらっしゃり。だいぶ楽しめるようになりました。今年の巡業では、序二段の力士として気仙沼出身の佐藤さんが登場しておられるではありませんか!気仙沼に実家があるツレが、写真を撮らせてもらってました。「ありがとうございますしか、言えなかった…」と汗だくのツレ。やはり、そういうものなのだ。私は幕下上位で頑張っておられる重量経験者、大辻さんと写真を撮らせていただきました。写真はツレが撮ってくれて、そのときのこと(写真をお願いしたときのお返事がナイスだったとか)を覚えているのだが、私は必死で何も覚えていない。だが、写真は証明してくれるのだ、私が大辻さんと写真を撮ったということを。写真はその瞬間をしかと写し取って残してくれるのだから、写真を撮ってもらうのも尊いな。

ここからプログラムは相撲甚句、初切、櫓太鼓打分と進んでいく。どれも「これぞ巡業名物」である。まず、相撲甚句(すもうじんく)とは、歌である。力士が巡業先の土地への思いや、お客さんとお別れする寂しさなどを歌詞にしたため歌い、合いの手を入れる。また、初切(しょっきり)とは、相撲における反則技や珍しい技を力士と行司がコント形式で紹介するパフォーマンスである。最後に櫓太鼓打分(やぐらだいこうちわけ)だが、これは呼出が3種類の太鼓のパターンを打ち分けて実演するというもの。朝9時の開場時なんかも、よく呼出さんが入口で太鼓を叩いています。「相撲を観に来たんだ〜!!」と耳で実感するのが呼出さんの太鼓である。なお、「呼出ってなに?」「なんで太鼓叩くの?」と謎が多いことと思われます。呼出さんというのは取組前に力士の四股名を呼び出すから呼出さんなのですが、実にさまざまな裏方業務をされています。でも、太鼓を叩くのはメイン業務です。テレビの相撲中継の始まりでも流れているので、太鼓の音を聞くと「相撲はじまるな〜」と熱い気持ちになります。

しかし、今年は大変体調が悪かったため、相撲甚句以降、しばらく会場を離れてしまった。「これぞ巡業名物」を見れないほど私は消耗していたのだ。とにかく巡業は大盛況で、会場は人が多く、とことん体力のない私は発狂しそうだった。しかし、周辺にちょっと一息つける涼しいカフェ…などはなく、コンビニのベンチでクレープとアイスを食べていた。

どうする?私。私が見られなかったプログラムのあとに中入り(休憩)があり、その後からはいよいよ土俵入や関取の取組がある。あと1時間も休めない(※注:体力がない山都ウミにとって1時間の休憩は体力がある人の5分休憩程度である)。朝、体調が悪くて起きられなかったのに、サインをもらって、写真を撮ってもらって。思ってたよりずっと楽しめたじゃないか。ここで、家に帰る。そういう選択肢もあるのではないだろうか。体力の限界ッ…!私は千代の富士になりかけていた。気力も無くなり、引退、いや帰宅することを考え始めていた。だが、しかし…!一回、会場に戻ってみよう。席に座ってみよう。それでもやっぱりだめだったら、そのときは引退…いや、帰宅しよう。

席に着いてしばらくすると、土俵入りが始まった。関取の土俵入りが終わると横綱の土俵入りだ。横綱大の里の四股は、ズシン…と振動が土俵を伝わり、私の身体にまで響いた。四股は、地中の邪気を払う地鎮の力を持つとされる。これだけ大地を震わせるものであれば、それはそうだろうと思う。ミミズだってオケラだって邪神だって逃げていくだろう。その逃げたオケラを私が捕獲して飼育したい。かつて横綱が不在の時代もあった。休場が多く、横綱土俵入りが行われない場所も多かった。コロナ禍にあっては無観客で本場所が行われていた。だが、久しぶりに2横綱の時代がやってきて、連日満員御礼となる今の時代に、清めの四股の振動が、観客の身体を響きわたっていくことに、何か非常にめでたいものを感じる。

私は依然、体力の限界を感じていた、が…横綱の四股に浄化されたのか、気力がメキメキと復活してきたのだ。ここからは、関取の取組が始まる。それは、裏を返せば、花道で好きな力士にサインをもらったり写真を撮ってもらったりするチャンスでもある。もっとも奮起せねばならぬ時は来た!今こそ限界を超越せよ!

それからのことは、あんまり覚えていない。あまりにしゃかりきでしゃにむにだったからであろう。取組に背を向けたくないので、好きな力士の花道へ移動しつつも取組を見て、拍手を送る。当然邪魔にならないポジショニングを心がける。そして、人だかりにスルスル…グイグイ…と入り込み、1000%勇気を振り絞ってサインや写真をお願いし、そのたびに嬉しさに申し訳なさ(?)に心でむせび泣いた。もらえたり、もらえなかったり。時にはサインだけではなく写真も撮っていただけたり。体力は限界である。それでもあのときの私は、あきらめない心を人生史上最大に発揮して、限界をやはり、超越していたのだ。自分はそんなにたくさんのお相撲さんにサインをお願いしたわけじゃない。心から大好きなお相撲さんにお願いした。それでも、あんまり思い出せないくらい、忙しかったような気がする。自分にとっては、思いもかけないほど、たくさんのサインをいただいた。心から惚れ込むお相撲さんとの一瞬の交流。それを証明するサインだ。だから、一度会場を出た、あの時、帰らなくてよかった。当然、無理なんてしなくてもいいし、また今度巡業に来れたときに、また体力の限界が来たら、帰る選択をしたっていい。でも、人生にそう何度もあることじゃないから、まずはよかった。よかった…。もう、今日明日以降のことは…なるようになれ。

取組はあっという間に終わり、私は席に座って弓取式を見ていた。弓取式は力士が巨大な弓を緩急をつけながら動かし、ぶん回し、四股を踏むという、その日の相撲興行の最後にかならず行われる、定番かつ大変な迫力のイベントである。テレビでも時間の都合上映らないことがそれなりにあるので、こうして目の前で見られるのは嬉しい。ここでも四股に合わせて「ヨイショー」と声をかける。あー、相撲見に来てるって感じだ。最高だな。あー…………最高…………お、お、終わった……………

その後、帰宅してから心身の疲れは怒涛のように私を襲い、寝込んでいた。巡業は、帰宅して寝込んで復活するまでが巡業である。寝込むのは当然大変つらくて苦しい。思ったよりも不調が長引いて、他の予定がだめになることもある。だから、私は無責任に「体力の限界でもあきらめるな!」とは言えない。「やらずに後悔するくらいなら、やって後悔したほうがいい」という言葉がよく言われてはいるけれど、当然、やった後悔によるいかなる損害にも当方では対応しかねますので、やる際には自己責任でお願いいたします、ってやつだ。だから、あのとき、体力の限界を感じたとき、帰宅していたとしても、それは後悔すべきでないし、賢明だったと考えたほうがいいのである。それは強調しておきたい。その上で。それにしたって、とにもかくにも、今回は。あきらめないでよかったなあ。楽しかったなあ。あんなに必死に動き回ってお相撲さんを見たりサインをもらいに行ったり…来年がもしあるならば、来年こそはもうちょっとゆっくりしよう。でも、またサインもらいたいお相撲さんが来てくれたらその限りではない。あと、ゴルフ見て夜更かししないようにしよう。

来年も巡業に行けますように。私もツレも、お相撲さんたちも、みんな息災でありますように。大相撲・令和八年九月場所は9月13日(日)から27日(日)まで。さて、夏巡業で誰がどれだけ整えられたか楽しみですね。相撲、見たいけどどうやって見るか知らないよ〜という方は過去の記事(連載・あなたに相撲が好きになる魔法をかけたい② -novalue場所・2日目 リアタイも見逃しも!おうち相撲観戦の手引き-)をご参照くださいませ!えっ?場所が始まる前に記事を完成できたんですか!?すごいですね!ですって?私も成長してるんですねえ〜!

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山都ウミ

とってもひよわです。札幌出身、仙台在住。いまとなっては仙台大好き。サッカーと相撲と虫も大好き。

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