【自分の部屋がなかった苦しみ②】【後編】

・初めての寮暮らし

東京の寮で初めて自分だけの一人部屋になったことが当時1番嬉しかったのを覚えています。一人の不安より一人でいる喜びの方が遥かに上でした。

実際暮らしてみるとズボラな私は好きなことしかせずゴミ部屋になるかと思いきや、モノを厳選して持って行ったのでモノの総量が減り、部屋の掃除がしやすくなったので週1の掃除機掛けが習慣化出来るようになりました。(たまにサボりますが)

さらに自分の好きなタイミングで出来るのが私にあっていたらしく、今までの自分が習慣化できなかった洗顔などのスキンケアと洗濯、食品の買い物のやりくりをやる習慣がつきました。ダラダラしてても誰にも文句を言われず、休みの日は好きなことを好きなだけ出来たので嫌なことがあってもすぐに立ち直れました。

※私はセルフネグレクト人間なので洗顔と歯磨きが下手できちんとした習慣化が中々できませんでした。

振り返ってみると、ドアから窓までの動線にモノがないから部屋の端から端まで掃除しやすかったんだと思います。そしてロータイプ本棚とチェストはレンタルだったのですが、当時の荷物の量を考えると衣類は備え付けのクローゼットとベッド下収納で足りたと思うのでチェストは要らなかったと思います。しかしこれまでの経験上私の場合、衣類はベッド下収納よりもチェストのような引き出し収納の方が使いやすかったので結果としては良かったです。冷蔵庫はミニサイズの物を購入し使っていました。

・寮暮らしそして3.11後

寮暮らしの最後の3月、3,11が起こり新幹線が壊れ、実家に帰れないうえに卒業課題も終わっていないし卒業式もどうなるのか?自宅待機で呆然と考える日々を過ごしてました。寮の契約期限も切れるのにどうすればと悩んでいたら寮暮らしの被災者の支援で別な寮に住まわせてもらえることになり、卒業課題は条件が緩くなり何とか卒業出来ることになりました。

卒業式の朝1番に震災の支援で別な寮に引越しました。新しい部屋は2人用の角部屋で台形のような形の部屋で無駄にデカい2段ベッドと収納棚付きの背の高いデスクとクローゼットが二つずつだったのでかなり圧迫感があり狭く移動と掃除にストレスが掛かり、仕事も途中から在宅ワークになったため1年間動かない生活になりました。

※住めるところがあるだけありがたいんですけど、この時に今の自分の片づけスキルがあったらもう少し快適に過ごせたし、ちゃんと住まいとまともな仕事を探せば良かったと後悔しています。

※実際は画像より狭いです。

女子寮なのに台形型の1番辺が広いところが全部窓って正気か!?と今は思います。カーテンが微妙に足りなくて着替えのたびにカーテンを確認して動かすのがかなりストレスで、おかげ様でカーテンを動かすのを忘れ覗き被害に遭ったので私が窓が嫌いな理由が増えました。

この寮に暮らしていたころはイラスト関係のブラック会社に1年いいように使われる生活でした。私の実力では目の前の仕事でいっぱいいっぱいでイラストの仕事だけでは一人暮らしも出来ず、好きなことを仕事にしているから給料が少ないのは仕方ないとずるずると被災者の支援に甘んじていました。そして被災者の支援は通常より安いため時間がたつほど寮長からも煙たがられていた事もあり、震災後に家がどうなったか心配だったし実家でもイラストの仕事は出来るから実家に帰ることにしました。しかし実家に帰る数週間前に実家の愛犬が亡くなったことを知らされました。沢山泣いたので平気だと思ってましたが、今にして思えばこのあたりから心が壊れ始めていたと思います。

・実家に帰ってからの地獄

実家に帰ってからは倉庫状態の自分の部屋に適当なテーブルを置いてその上にPCをおいてイラストのお仕事を続けてました。何か月か作業してみてデスクとちゃんとした椅子が欲しくなったので購入し使ってみると、集中力も作業効率も体の負担も段違いでした。

この頃はお仕事面は良かったのですが家族関係が最悪で、母は在宅の仕事に理解ない上に姉に手を焼いていたので「あんたが姉の面倒見るのよ」と私に押し付ける発言を繰り返すわ、リビングが狭すぎて父か姉を飛び越えないと自分の席に座れないという状況が一人に慣れてしまった私にはとてつもない苦痛だし、とどめに引きこもりの姉が私がいる生活に慣れず私が何か食べてるとそれは私のだとキレ散らかし、私が借りてきたDVDをみているとうるさいだのいつ終わるのだのうるさいので自分の部屋に引きこもってPCにヘッドフォンを付けてDVDを見ていました。しかしリビングをふすまで隔てただけなので日中は姉のテレビの爆音、夜は母のクソデカボイス、深夜は姉のテレビの音がヘッドフォンをぶち抜いてくるのでほとんど安らげる日はなかったです。この頃の私はいつ寝てたんだろうか…?嫌なことは続くものですね。

※下の画像が当時の部屋です。赤矢印が自分の部屋からリビングへの出入りラインです。キッチンに行く場合父の後ろを通ってガラス戸に行くのが苦痛でしたが、現在はモノが減ってこの頃より楽になってます。今振り返ると無駄にデカい家具が多いと感じます。特にメタルラック。

姉にキレられるのが嫌で1日1食の日が増え、仕事でもリテイクばかりでストレスで病気になり入院しました。10日ほどで無事退院出来ましたが、この頃から物事がどんどん悪い方向に傾いていったと思います。まずは年々イラストの仕事が減っていき、入院してから年に2、3回は時間外で病院にかかり体調を崩すようになりました。病気を疑うレベルの頭痛や腹痛があって色んな科に行ってもなんの病名もつかずストレスが原因と言われるだけ。

今までの事が積み重なって鬱々としていたためこの家には初めから私の居場所はなかったんだと絶望するようになりました。正直この頃何度家族を皆殺しにして自分も死のうと思ったか分かりません。今は自分よく我慢出来たな偉いと自分を褒めています。しかしもっと早く福祉につながっていたらもう少し早く心身の状態が良くなったのにと少し後悔してしまいます。

ある日友人に相談するとメンタルクリニックを勧められたので行ってみることにしました。そしてクリニックに通う日々の中で少しづつ回復したことで、部屋が散らかっているのを何とかしたいと思い片づけを始めました。そして壁にぶつかり悩んでいたころにこんまりメソッドに出会い人生が好転することになりました。

しかしその後は片づけに挫折し派遣で頑張るも人間関係で揉めてメンタルを病み、生活支援センターと就労支援B型作業所に通うので精一杯で汚部屋に逆戻りしました。

・汚部屋に逆戻り後…

うろ覚えですが下のの画像が支援センターB事業所に通っていたころの部屋です。リビングは姉と協力しソファを捨てスッキリしました。しかし自分の部屋は片づける気力もないからモノが減らせないうえに、嫌いなメタルラックを手放したことでそこに収納されていたものがあちこちに溜まり、入りきらなかったモノは押入れには適当に放り込まれ魔窟と化しました。

ロフトベッドを捨てたのは体調不良の日が増えた上に生理痛が重めだったので上り下りがきついと感じるようになった事と、派遣で残業ありの8時間労働をしていた時に疲労ではしごを踏み外して落下し、靭帯を痛めたのが決め手になり手放すことにしました。

しかし床で寝る生活になると布団の周りの手が届く範囲にモノを置くようになり、この時は人生で一番床が見えない生活をしていました。

B事業所に通い始め2年ほど経った頃、姉がベッドを買うというので姉が使っていたベッドを貰ったおかげでベッド下にスペースが出来、ベッド下と押入れにモノだまりを詰め込んでなんとか床が見えるようになりました。ベッドだと怠くても立ち上がりやすいし寝ころびやすくて、床で寝ていた時ほど散らからなくなりました。

その後B事業所とひと悶着あり、自分の人生を良くしたいと本気で思うようになってから、上の画像で言うモノだまりを徐々に減らし、押し入れも少しづつ整えたおかげで現在は魔窟状態を脱することが出来ました。

・最後に

自分の過去の暮らしを振り返ると、家具を選ぶ機会も配置換えする機会もなかったから下手すぎるし、10代のうちに片づけてモノの管理が出来なかったせいで成人しても中学高校のモノが残っているのが物理的にも精神的にも足枷になっていたと感じます。

今年から暮らしをよくするものを吟味し、徐々に買い変え模様替えしたことでこれまでの人生に比べたら一番暮らしやすい部屋に近づきましたが、自分は家族の中で1番若いせいかほとんどのモノがおさがりなので、家具などのテイストがバラバラでゴチャついて見える上に好きで選んだわけじゃないから大切に出来ないんですよね。だから他の人より自分で選ぶ経験が圧倒的に足りなかった感じます。

※こんまりさんいわく妹というのはおさがりを貰いやすく、モノの所持数が多くなりがちだと言ってましたが私も見事に当てはまりました。

人は服を選ぶ、食べたい物をを選ぶ、使いやすい文具を選ぶなどの小さな選択の経験をくり返して決断力が磨かれると思いますが、私はその選択の経験が足りないから自分の進路などの大きな選択を恐怖と知識不足で100%納得して選択することが出来ず、人生失敗したと思ってしまうような状態になったのかと今は思います。今にして思えば…あの時大学を選んでいたら…バイトに挑戦していたら…などと後悔することが時々あります。そして捨てたモノを振り返ってみると案の定母から買い与えられたモノばかりでした。私は母に与えられるだけの人生を送ってたから、自分で理解して納得して選ぶという事が出来なかったんだなと確信しました。

今回書いていくうちに苦しみというより自分の部屋の歴史みたいな感じになってしまいましたね。現在は本気で自分の部屋を良くしたいという思いから定期的にモノの見直しをするようになり、家具の配置など試行錯誤をくり返すことで収納用品の買い物の失敗が少なくなってきました!今は作り付けの収納で済ませられるよう押入れの収納について考える日々です。過去の苦しみをバネに理想の部屋を目指し、いつかコラムで紹介出来るように頑張ります!

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沙鞠

ゲーム、漫画、アニメ、カラオケ好きなのでそれらに関するコラムや、ハンドメイド関係、精神病や事業所で体験したことを伝えられれば良いと思います。

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