ひとり初心者

「高校の頃もそうだったんですけど、僕、カラオケ行くとわかってる日はその前日にひとりでカラオケ行って練習すんですよ」

「はあ」そこまでしなくとも……と私は思う。東京に住む後輩が帰省したので食事会を開いたときのことだ。大会前に身体を仕上げるボディビルダーじゃないんだから、と茶化したくなるのを必死に堪えつつ「真面目だなあ」と応じた。

「先輩はそういうのないんですか」「何が」「ひとりカラオケ」

 いやない、と即座に答える。カラオケどころか、ファミレスやアミューズメント施設もそうだ。自分がインドア人間なだけに、複数人と時間を共有するためにどこを使うかを考える段階になり、そこでようやく候補として頭に浮かび上がるだけで、自ら進んで入った経験が全くなかった。喫茶店なら何回かあるかな、ぐらいだ。

 それからしばらくの間、昔話に耽った。今となって笑い話に昇華できるような過去の失敗談ばかりで、お互い二度も三度も語ったことのある内容なのに退屈しなかった。話題が何であれ、振り返って懐かしめるのであればそれで良かった。

 後輩と別れ、帰りの電車のクロスシートに凭れながら、確かにメリットはあるな、と、先ほどのやり取りを思い出す。ここ近年『ひとり〇〇』をよく聞くようになった。ひとり焼肉、水族館や動物園。広く認知されたおかげで周囲からも暗黙の理解が得られるとはいえ、店によっては多少の気恥ずかしさや抵抗もひょっとしたらあるのかもしれない。けれど個人ですごすとなると周りに気を遣って歩調を合わせる必要はなく、自分のペースで楽しめるわけで、それはそれで有意義な時間であるとはひとり初心者の私でもわかる。

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行谷いさご

たまに講座を受けながら十年ぐらいエッセイを書き続けています。くどい言い回しが表れたり、感情を挟む以上に説明文が長かったり、その辺を何度も読み返して反省を繰り返しながら一作品、また一作品……と、丁寧に、少しずつ作り上げていきたいです。

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