「そこまで乗らないのに維持費だけがかかるし、だから、車は手放した」
「仕事は?」と私が訊ねると、
「電車通勤」正確には、自転車と電車だけど、と先輩は付け加える。「仙台に住んでると地下鉄もあるし、買い物も、案外どうにかなる」
時刻は午後の一時半を回ったところだった。日曜日だけあって人の往来が激しかったので、座れる座席がまだ残っていてよかったな、と安心する。少し早めの昼食をショッピングモール内の中華料理店で摂ってから、私たちはフードコートへ移った。これからコーヒー一杯で長居する。
私自身、免許を持っていないけれども気持ちは嫌という程わかる。身近なものだと、家や服。電子機器。長く使い続けるためにはそれなりの対価を払わねばならない。健康も、だ。定期的に診てもらって、場合によっては、身体のメンテナンスが必要になってくる。不具合を起こさないように食生活に気をつけたり、市販のサプリメントを体内に取り込んで足りない栄養を補うこともある。
「そういえば」と先輩は続ける。引っ越しの際に実家の部屋を片づけたら昔買ったトレーディングカードを見つけたんだよ、と、ほくほくした様子で語った。
「そういうのって、高額で取引されてますよね」「状態にもよるけどね」
それはそうだ。子どもの頃は皆ほとんど、裸といっていいような状態で杜撰な管理をしていた。その為、折れ曲がったり、傷がついて日焼けで色も褪せた。が、ここ近年では、紫外線や折れ曲がりを防止するためのケースが出回り、美品を維持する手段が豊かだ。当時の私たちが今の環境を知ったら羨ましがるかもしれない。
〇
ボランティア活動と反省会を終え、スタッフとペットについて語り合いながら仙台駅へと向かう。会場から徒歩で五分もかからない距離を、速度を落として歩いていた。既に、外は薄暗くなっており、観光客や家族連れでごった返していたペデストリアンデッキが落ち着きを取り戻しはじめていた。
「猫って自分で毛づくろいするからいいですよね」
「まあ、でも、お腹の中に毛をため込んで草を食べて吐き出す。だから、家の中でやられたら始末しなきゃいけなくなる。日常茶飯事だよ」言ってから、カレーの後にいうことでもなかったなと反省した。
「それは大変かも」
「飼ったことないんだっけ?」
「アレルギーなので。あ、犬はうちにいますよ」ただ、ただですね、と続ける。「美容室に行く頻度が二週間に一回なんですよ」と彼女は笑う。
「え」
「カット代は私よりかかります」
開いた口が塞がらない。最後に髪を切ってもらったのはいつだったか、と遡る。一か月半くらい前だろうか。その間およそ三回も犬は毛並みを整えているわけだ、明らかに出費が違う。犬種や、成長具合によって毛の伸びる早さに対する知識が浅いので、通う回数が人より多い以外わからないが、それを承知のうえで暮らそうとしたのだから本当に好きで、大事にしているのだとはよくわかる。大切な存在だから尽くす、というのは犬猫かかわらず、動物とすごす飼い主の共通項であると信じていたい。
〇
「二五〇〇〇円」と聞き返すほかなかった。店員は、
「基本料金がですね」と淡々と語る。「それから部品の交換が必要な場合は追加料金をお支払いいただきます。その際は一度、電話でご連絡しますね。順調に進んでも四月半ばまでかかります」と、言い終えると静かにルーペを棚に戻した。
その日、私は一番町のアンティークショップで腕時計のオーバーホールを頼んでいた。
一旦、中身を全て分解し、オイル切れや部品の破損箇所をチェックしてもらうわけで、修理ではなく、あくまで健康診断の類だ。身に付けていて異変に気付いたのは数週間前からであからさまに針が進まなくなり、スマートフォンに表示される時刻と照らし合わせて分針を動かし、力尽くで修正していた。一日に五、六分の遅れがやがて一時間、半日とさらにずれが生じ、最終的に止まった。そこで、流石に専門の業者に診てもらわねばと仙台に行く用事に合わせて持ち寄ったのだけれども明確に不具合が生じてるのだし、十中八九、料金は上乗せされるだろう。
それなりに覚悟はしていたつもりだったが前提としてかかる費用もそこそこで気が滅入る。出費が痛すぎる。ここ最近、そんなに外出もしないし割り切ってキャンセル手続きを踏んでもいいところだが、劣化を進めさせずに新品に近付けて欲しい、が今回は勝った。長く持ち続けているせいか愛着が湧いてしまって、簡単に捨てづらい。もっとも、素人目で判断しても、為す術が見つからないような壊れっぷり、同じ商品を再び購入した方が安く済みそう場合は腹を括ってきっぱり諦める。そのときが来るまでは腕時計の健康を保って寿命を延ばしておきたい。