
新しいアニメにハマるごとに、私はあの頃のことを思い出す。
およそ10年程度前、私は人生で一番つらい目に遭った。それは信用できると思っていたネット経由の友人がいわゆるフレネミーだったことだ。軽率に相手に住所を教えていた私は数年ぐらい散々な目に遭い、それを相談する段階で別の友人を失ったということでかなり精神的に来た。当時の仕事も体調不良でやめることになったが、少なからず前述の事件が関わっているように思える。
その人物とはとあるアニメのファンサイトを運営していたことで知り合った。詳細は避けるが、彼女はグイグイ来た。その時点で疑うべきであったが…まあ最終的にそういうことになった。
アニメ自体は相手が謝罪するとかそういうことがあれば観直したいとは思うが、多分そういうことはないだろうと今の相手の挙動から考えている。なにせよSNSやブログでそのアニメのタイトルを出すだけで注文していないものが送りつけられるわけであるわけで、とてもそういう気にはなれない。以降、ネット上の知人には住所を教えることは無くなった。いや本来はそういうことが基本的なリテラシーだとは思うが、当時は無知だったわけだ。
そしてその作品は本放送終了後の商業展開がほぼなく、最後の商品発売がSNSの普及期に入った時期のDVD化だったくらいには供給がない作品だ。他者の二次創作に関しても自分が読みたいような作風のものがほぼなく、本編を見つくした今ではとてもROM側に回れる状態ではない。二次創作ができず商業展開もなければ私にできるファン活動はもうない。
それでも私が人生で一番没頭したアニメはその作品だと断言できる。二次創作もたくさん描いたし、初めて同人誌というものを頒布した。キャラクターデザインだけで言えば人生で出会ったアニメで一番好きと言っていい。だからこそ私は強制的にファン活動を終了させられたことをまだ忘れられないんだと考えている。
私は現在SNSは低頻度で投稿するとか、壁打ちに徹するとかそういう使い方しかしていない(ブログ活動がメインとなっている)むしろ春に二次創作ジャンルを乗り換えてからは、新たな交流は持っていない。その方が楽だと考えたため、一年くらい前から二次創作のジャンルが変わることがあれば交流は控えると考えたわけだ。創作活動自体はすこぶる快適であるため、これが一番いいとは思う。
画像の手前にあるノートには、当時無断転載されたイラストのプリントを挟んである。消えないんだったら利用してやる、という執念である。
