私が幼少の頃は、両親共に朝早くには仕事で家を出ていた。なので風邪でもひかない限り平日は夜だけ、それも寝る前に絵本を読んでもらうときにだけ声を聞いた。飽きないほど本の種類があって、その中でも、イソップ童話の「田舎のネズミと街のネズミ」が好きだった。ある晩に、町のネズミは目移りするほどの華やかな食卓へ田舎のネズミを招待するが、その実人間の目をかいくぐらねば決して食事にはありつけない。危険を犯すよりも質素で安全な食生活が性に合うと悟った田舎のネズミは元いた田舎へと戻る。異なる生活環境を比較して、どちらが幸福かを考えさせる作品だ。
原典に準じておいても子ども向けを想定しており、町のネズミのおもてなしについては、時代背景を鑑みた絵本画家特有の角度によって、添えられた挿絵には縮約した文の補佐に加えてすり替えも作用している。例えば、原作であればパンやソーセージがテーブルを占拠しているが、それに比しても西洋のお菓子やエビグラタンなどにここ近年の田舎のネズミは食欲をそそられており、読者層のほとんどが訳無くごちそうを認知できるようにアップデートされているのだ。
原作者であるアイソーポスに擬人化された動物や自然現象は、概ね観察に即しており(冬の食料をせっせと蓄える「アリとキリギリス」のアリや通りすがりの旅人に力いっぱい風を吹きつける「北風と太陽」の北風もそうだ)、登場キャラクターたちの能力は、言語を扱う点を除いて、それぞれ所有している特性の枠に収まる範疇に留まっているのでリアリティを感じ、受け入れやすい。
去年、身の回りを整理した際に、掃除の手を止めて「田舎のネズミと街のネズミ」を少し読んだ。物語の流れは覚えていても、案外、改めて目を通さないと正確な描写は思い出せないもので、私のときはパイだったんだと気付く。