ムルソー青年の死刑執行直前までの話。一人称小説ということで死刑執行後は書かれないことが残念(どうなったか知りたい)
よく理解できなかったところも多いため(ムルソーが人を殺したあたりが結構記憶から飛んでいる)端折って書くが、ムルソーは自分に酔っていたのだろうか…と思わなくもない。死刑判決を受けた後の独白が若干狂気に感じられた。あと「ママン」という単語が出てくるため、(母親の死に執着がない割には)マザコンかもしれない…と思い、ムルソーってひょっとしてダメな男?とか思ったりした。ダメ男というか…共感性欠如というか。
母親の訃報から始まるんだけど養老院(老人ホームみたいなところ?)に入れたらあとはほったらかしだったのね、ムルソーは親不孝…でも母親を「ママン」と呼ぶギャップ。訳者のセンスが怖い(半分くらい褒めてる)
死刑執行のときは満足だったのかなあ…(執行直後に死ぬから本人にも分からないだろうけど)というか死刑になるのに暢気すぎないかなムルソーさん? この小説は一人称文体であることに意味があるんじゃないかと思う。そうしないとこの狂気…というかサイコパス感は出てこないだろう。
これはちゃんと読み返してみたいかもしれない。最後に主人公が滅びる哲学的な話という意味で、カフカの「変身」に似た狂気がある。
上記を書いたあと、読み解きたくなったので、電子版を買い再読することにした。
2025/07/26 再読了
ムルソーに共感力がないということから、読者はムルソーに共感できないのかと考えてみたが、真っ二つに割れると思う。
母親の死を悲しむことができないムルソーに共感できないとか、死刑を受けるにはあまりにも冷静すぎるとかあるかもしれない。ただ、彼のドライすぎるとも言える考えというものは共感できる人はいるんじゃないかと考えている。 ムルソーの自己愛性ともいえるものにそうでなければ死を前にここまで冷静になれるはずがないと感じる。そういう意味ではムルソーはある意味人間らしいのではないかと思っている。
読み返しても難解な話だと思うけども、ムルソーの性格ゆえなのか。
