私は、ハラハラドキドキする映画や、史実をもとに描かれた映画が好きだ。そこで、今回は、「127時間」(2010年 アメリカ映画)という映画を紹介する。この作品は、実話がもとになっていて、作品中、ほぼ主人公の青年しかでてこない。
2003年、アメリカのユタ州ブルージョン・キャニオンに週末を利用して軽く一人でトレッキングに行った青年がいた。彼は一人でトレッキングに行くことが好きで、家族や友人の誰にもそこに行くことを言っていなかった。
ブルージョン・キャニオンは、この映画で一気に有名になった狭く深い峡谷で、幅が1メートル以下の狭い場所も多く、落ちたら頭上は殆ど空が見えない危険な場所であった。急激な鉄砲水が起こりやすく、落石や閉じ込め事故も多い峡谷だが、それが逆に冒険好きな人達に人気な高リスクな地形であった。砂岩が沢山できており、浸食によって、複雑で美しい造形が生まれるので、これもより高リスクでも、トレッキング者があとをたたない理由だろう。
青年は自転車で最初峡谷を進んでいたが、途中から徒歩で、峡谷を進みだした。進んでいくうちに、落ちてきた巨石に右腕を挟まれて取れなくなってしまった。
持ち物も、少ない水と、スーパーで買った安物のナイフ、ドライフードとビデオカメラのみだった。ケータイも持っていたが、圏外の地域だった。片手で岩を動かそうと試みるがびくともせず、まだ、その頃は自分が死ぬかもしれないと思い、ビデオカメラに家族や恋人へ向けて最後のメッセージを撮影し始めた。最初の二日は、安物のナイフで、岩を削ろうと試みるが、ナイフが安物すぎて、硬い岩は到底削れなかった。
3日目からは、水が尽きたが生きたい一心で自分の尿を飲んで、なんとかのりきった。しかし、幻覚をみるようになり、家族や恋人との思い出がフラッシュバックする。そして、青年は、誰にもトレッキングに行くことを伝えていなかったことを後悔する。
5日目(127時間目)、身も心も限界に達し、死を覚悟するが、「生きたい」という気持ちが、極限のなかでも生まれて、右腕を切って、峡谷を脱出することを決心する。
切れ味の悪いナイフで、皮膚を少しずつ切り裂いていった。慎重にゆっくり切っていったが、神経にナイフが触れたとき、激痛が走る。骨を切ろうとするが、切れなかったので、体をひねって折り、最終的に右腕を切断した。疲労困憊の中、失血しながらも、誰かいるところまで探し、峡谷を必死で何キロも歩いた青年は、やっとハイキング中の家族に出会い助けられる。そして、ドクターヘリで、病院に運ばれ、命は助かった。
この127時間、雨が一滴も降らなかったことや、安物のナイフしか携帯していなかったことなどが、彼が救われるのに時間がかかった要因だろう。まあ、最初に、家族に行先を言っていなかったことが、腕を失う最大の原因になったのだろうが。
最初は、大声で「助けてくれー」と叫んでいたが、その声は虚しく峡谷に響きわたり、ますます近くに誰もいないことを青年に悟らせた。
私は、どうしてここまで、生きたいと思ったのだろうと思った。最初、私なら諦めるだろうなと思ったからだ。しかし、5日間という間、喉がからからで生きている、永遠に自分はここにはさまったままなのかもしれないと思ったら、「生きる」ことも考えるかもしれない。
人間の生への執着は、強ければいいわけではないが、この青年にとっては、良かったのかもしれない。
青年は、右腕をなくした今でも、冒険をしているそうだ。そして、結婚して子どももいるそうだ。一つ変わったことは、冒険に行くとき必ず誰かに知らせてから行くことにしたということだそうだ。
この作品の殆どが、岩にはまってしまってからの、青年の生きるか死ぬかの戦いであった。挟まってしまっても、冷静に考え、腕を切る判断も極限の5日目であった。
意識が朦朧としても生きるか死ぬかを選択できる状況だったことや、右腕を切ることを前向きに捉えていたことが彼自身が自分の命を救ったのだろうと思う。
