【ヒューマノイドの未来】Figure社が拓く新時代のAIロボット

かつてSF映画のスクリーンの中にだけ存在した、人間のように二本の足で歩き、考え、作業する人型ロボット。その夢物語が今、驚異的なスピードで現実のものとなろうとしている。その中心にいるのが、2022年に設立された米国のスタートアップ企業「Figure AI」だ。同社が開発する汎用人型ロボットは、単なる機械の枠を超え、私たちの社会構造や生活様式を根底から変える可能性を秘めている。

この記事では、彗星の如く現れたFigure社とそのロボットについて、技術的な側面から社会的なインパクトまでを深く掘り下げていく。ロボットやAIに馴染みのない方でも、この新しいテクノロジーの波がどれほど巨大で、私たちの未来に何をもたらすのかを理解できるよう、専門的な内容を紐解きながら解説する。

【Figure AIとは何者か?】最高の頭脳と資金が集まる理由

Figure AIは、航空宇宙分野のスタートアップを成功させた起業家ブレット・アドコックによって2022年に設立された。彼のビジョンは明確だ。「世界にポジティブな影響を与え、次世代のために、より良い生活を創造する」。その実現手段として彼が選んだのが、特定の作業に特化した産業用ロボットではなく、人間のように様々なタスクをこなせる「汎用人型ロボット」の開発だった。

なぜ「人型」にこだわるのか。それは、私たちの世界が人間の身体に合わせて設計されているからだ。ドアノブを回し、階段を上り、道具を使う。これらの人間にとっては当たり前の動作も、車輪や特殊なアームを持つロボットには難しい。人間と同じ形をしていれば、人間が使うために作られた環境や道具をそのまま活用でき、応用範囲が無限に広がるのだ。

この壮大なビジョンに、世界最高の頭脳と資金が引き寄せられた。AIの巨人であるMicrosoft、半導体メーカーのNVIDIA、Amazon創業者のジェフ・ベゾス、そして初期にはOpenAIも名を連ね、設立からわずか2年で巨額の資金調達に成功した。彼らがFigureに投資するのは、人型ロボットが単なる製品ではなく、スマートフォンやインターネットに匹敵する次世代の巨大なプラットフォームになると確信しているからに他ならない。

【「Figure 01」から「Figure 02」へ】驚異的な進化を遂げるハードウェアの秘密

Figureのロボットが注目される理由の一つは、その洗練された身体、つまりハードウェアにある。身長約167cm、体重約70kgという人間らしい体格に、最先端の技術が凝縮されている。

滑らかで力強い動きの源「アクチュエータ」

人間でいう筋肉の役割を果たすのが「アクチュエータ」と呼ばれるモーターだ。Figureのロボットは、全身に搭載された高性能な電動アクチュエータによって、20kgの荷物を持ち上げる力強さと、指先で繊細な作業をこなす器用さを両立させている。電気の力で、これほどまでに滑らかな動きを生み出せること自体が、ロボット工学の大きな進歩なのである。

世界を認識する「センサー群」

ロボットは、人間でいう五感にあたるセンサーを使って周囲の状況を把握する。頭部に搭載された高解像度カメラが「目」となり、物体や人を認識する。さらに、レーザー光を使って周囲の物体との距離を正確に測定する「LiDAR」や、体の傾きや動きを検知する「IMU(慣性計測装置)」などが連携することで、三次元空間における自身の位置と姿勢を正確に把握し、安定した歩行や作業を可能にしている。

人間社会への扉を開く「手」

ロボット開発において最も難しい部位の一つが「手」だ。Figureのロボットは、人間と同じ5本指の手を持ち、複雑な関節構造によって、様々な形や大きさの物を掴むことができる。コーヒーカップをそっと持ち上げたり、電動ドリルを操作したりといったデモンストレーションは、この高度なハンド技術なくしては実現不可能だ。人間が作った道具をそのまま使えることは、汎用性を追求する上で極めて重要な要素となる。

【ロボットに「魂」を吹き込むAI】Figureの知能の核心

精巧な身体(ハードウェア)だけでは、ロボットはただの人形に過ぎない。それに「魂」、つまり知能が必要であり、それこそがAI(人工知能)なのだ。FigureのAI戦略は、その進化の速さで世界を驚かせていると言える。

当初、FigureはChatGPTを開発したOpenAIと提携することで、大規模言語モデル(LLM)をロボットの「脳」として活用した。これにより、ロボットは人間の曖昧な言葉を理解できるようになった。例えば、人間が「何か食べるものをちょうだい」と話しかけると、ロボットはOpenAIのモデルを通じてその言葉を解釈し「テーブルの上にあるリンゴが食べ物だ」と認識し「それを掴んで人間に手渡す」という一連の行動計画を自ら立てて実行する。このデモ映像は、言語と物理的な行動が結びついた瞬間として、大きな衝撃を与えた。

しかしFigureは、さらなる高みを目指し、AIモデルの完全な自社開発へと舵を切った。その理由は、ロボットが現実世界でスムーズに動くためには、言語的な理解だけでなく、物理法則や自分自身の身体の動かし方を深く理解した「ワールドモデル」が必要だからだ。

Figureが開発するAI「Helix」は、映像を見て人間の動きを真似る「模倣学習」や、シミュレーション空間で何度も試行錯誤を繰り返して最適な動きを自ら見つけ出す「強化学習」といった手法を取り入れている。特に注目すべきは、カメラで見た映像を直接ロボットの行動命令に変換する「Vision-to-Action」モデルだ。公開されたデモでは、人間がコーヒーを淹れる様子を10時間学習しただけで、ロボットがコーヒーメーカーの操作方法を習得し、自律的にコーヒーを淹れることに成功している。これは、ロボットが「見て学ぶ」能力を獲得したことを意味し、新たなタスクへの適応能力が飛躍的に向上することを示唆している。

【ライバルとの比較】テスラ「オプティマス」との思想の違い

人型ロボット開発の分野で、Figureの最大のライバルと目されているのが、イーロン・マスク率いるテスラの「オプティマス(Optimus)」だ。両者は同じゴールを目指しながらも、そのアプローチには興味深い違いが見られる。

AI戦略

テスラは、電気自動車の自動運転技術(FSD)で培った膨大な実世界の映像データと、それを処理するAI技術をオプティマスに応用しようとしている。いわば「車輪のついたロボット(自動車)」で得た知見を、「二足歩行のロボット」に移植する戦略だ。一方、Figureはロボット自身の行動データに特化したAIをゼロから構築し、より物理的なインタラクションの精度を高めることを目指している。

ハードウェア設計

テスラは、自社でアクチュエータや部品を開発・製造することで、徹底的なコストダウンと年間数百万台という超大量生産を見据えている。その設計は効率性とスピードを重視した、どこか未来的な印象を与える。対してFigureは、まずはBMWの工場のような特定の環境で確実に任務を遂行するための堅牢性や、人間と並んで作業する際の安全性を重視した設計思想を持つ。

市場投入戦略

テスラは、まず自社の巨大工場「ギガファクトリー」に数千台のオプティマスを投入し、実証実験とデータ収集、コストダウンを一気呵成に進める計画だ。対するFigureは、BMWのようなパートナー企業と緊密に連携し、具体的なユースケースで実績を着実に積み上げていく戦略をとっている。

どちらのアプローチが成功するかはまだ分からないが、両社の競争が技術革新を加速させていることは間違いないだろう。

【未来のシナリオ】我々の生活はどう変わるのか?

Figureのロボットが社会に実装された時、私たちの生活はどのように変わるのだろうか。

短期的な未来(3〜5年後)

まず活躍の場となるのは、工場や倉庫だろう。BMWのサウスカロライナ工場では、すでに自動車製造ラインでの実証実験が始まっている。人間にとって危険な作業や、単調な繰り返し作業をロボットが代替することで、生産性が向上し、人間はより創造的な仕事に集中できるようになる。これは、世界中で深刻化する労働力不足という社会課題に対する、強力な解決策となり得る。

長期的な未来(10年後〜)

量産化が進み、価格が下がれば、ロボットは家庭へと入ってくるだろう。洗濯物をたたみ、食器を洗い、部屋を掃除する。そんな家事の完全自動化が実現するかもしれない。さらに、高齢者の見守りや生活支援といった介護・医療分野での活躍も期待される。人間が立ち入れない災害現場での救助活動など、その応用範囲は計り知れない。

もちろん、課題も存在する。ロボットが暴走せず、人間を傷つけないための安全性の確保は最重要課題だ。また、一台あたりの価格が、高級車一台分から一般的な家電製品のレベルまで下がらなければ、一般家庭への普及は難しい。そして、ロボットが人間の仕事を奪うのではないかという雇用への懸念やそれを見据えたユニバーサルベーシックインカムの創設、ヒューマノイドが社会に溶け込む上での倫理的な枠組み作りも避けては通れない議論となるだろう。

【ロボティクス産業の将来性】「Appleの200倍」の価値は生まれるか?

Figure社の将来性について「Appleの200倍の企業価値になる」という大胆な予測が存在する。これは単なる夢物語だろうか。

スマートフォンが世界を変えたように、汎用人型ロボットは、物理世界におけるあらゆる労働やサービスを再定義する可能性を秘めている。これは単なるロボット開発ではなく、AI、ハードウェア、エネルギー技術が融合した「次世代のプラットフォーム」を巡る覇権争いになることは間違いないだろう。

もちろん、テスラのような強大なライバル企業も存在するが、Figureがこの革命の先頭を走り続けることができれば、その企業価値は現在のいかなる巨大テック企業をも凌駕するかもしれない。私たちは今、産業革命以来の大きな社会変革の入り口に立っている。あなたのすぐそばで、人型ロボットがコーヒーを淹れてくれる未来は、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。

【「Appleの200倍」の価値は生まれるか?】ロボティクス産業の真のポテンシャル

Figure社の将来性を語る際に引き合いに出される「Appleの200倍の企業価値になる」という言葉は、単なる誇張や願望として片付けるべきではないだろう。これは、汎用人型ロボットが解放しようとしている市場の「質」と「規模」が、これまでのテクノロジーとは根本的に異なることを示唆している。

デジタル経済圏の限界と、物理世界の無限の可能性

Appleは、スマートフォンというデバイスを核に、アプリ、音楽、決済といった巨大な「デジタル経済圏」を築き上げ、世界最高の企業価値を持つに至った。しかし、そのビジネスの主戦場は、あくまでスクリーンの中のデジタル世界である。

一方で、汎用人型ロボットがターゲットとするのは、我々が生活する物理世界そのものである。世界のGDP(国内総生産)の大部分は、人間が物理的に働き、モノを生産し、サービスを提供することによって生み出されている。つまり、汎用人型ロボットは、この全人類の物理的な労働を代替・拡張するポテンシャルを秘めているのだ。その市場規模は、デジタルデバイスやソフトウェアの市場とは比較にならないほど巨大だ。これは、地球上のほぼ全ての産業、全ての労働現場がターゲットとなり得ることを意味する。

「特化型」から「汎用型」へ – 産業構造のパラダイムシフト

現在のロボット市場の主流は、工場の組み立てラインなどで特定の作業を繰り返す産業用ロボットアームである。これらは特定のタスクにおいては人間を凌駕する性能を持つが、プログラムされたことしかできず、応用範囲は限定的だ。

仮にこれをフィーチャーフォン(ガラケー)に例えるとするならば、Figureのような汎用人型ロボットはスマートフォンと言えるだろう。スマートフォンの価値が、通話機能だけでなく、無数のアプリケーションをダウンロードして機能を追加できる小型コンピューターであるように、汎用人型ロボットの真価もその汎用性拡張性にあるのだ。

将来的にはロボット版のApp Storeのようなプラットフォームが生まれることが予想される。世界中の開発者(今で言うアプリ開発者)が「料理をするスキル」「介護をするスキル」「配管を修理するスキルといったソフトウェアを開発・販売し、ユーザーはそれをダウンロードするだけで、自分のロボットに新たな能力を授けることができるようになる。ハードウェアとしてのロボット本体に加え、このソフトウェア・エコシステムが爆発的な価値を生み出す源泉となるのだ。

労働力不足という、不可逆な世界的トレンド

この技術革命を後押しするのが、世界中で深刻化する労働力不足と少子高齢化という、不可逆な社会的トレンドである。特に先進国において、生産年齢人口の減少は経済成長の大きな足かせとなっている。汎用人型ロボットは、この構造的な課題に対する最も直接的かつ強力な解決策となり得る。もはやロボットの導入は単なるコスト削減の「選択肢」ではなく、社会機能を維持するための「必須」のテクノロジーとなりつつあるのだ。

ここまで紹介してきた「Appleの200倍」という数字が文字通り実現するかは、Figure社が今後、量産化、コストダウン、安全性確保、そしてテスラをはじめとする巨大企業との熾烈な競争といった数々のハードルを乗り越えられるかにかかっている。その道のりは決して平坦ではないだろう。

しかし、一つ確かなことは、汎用人型ロボットというテクノロジーが、人類の経済活動のあり方を産業革命以来のスケールで変革するポテンシャルを秘めているという事実である。それは、労働の概念を再定義し、生産性の限界を突破し、我々がこれまで不可能だと考えていたサービスをも創出する力を持つからだ。

Figure社は、その歴史的な大転換の最も有力な担い手として、今、世界の中心に立っている。彼らが思い描く未来が現実となった時、新たに生み出される価値は我々の想像を遥かに超えるものになるに違いない。

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青山曜

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